2時46分。
金は当時お家でこの衝撃的な出来事をテレビ画面越しに見ていました。
始めは大きな地震がおきたという感じで、津波警報の緊急速報を画面を横目にあまり意識せずに見ておりましたが、映し出されてるその場所は平地で住宅がいっぱい並んでいるような場所からみるみるうちに一気に水に浸かってしまったあの衝撃的な映像は9.11以来の感覚でした。
丸一年が経ち、悲しみにくれる日々、だけど前に進まなきゃならない現実・・・一年という月日は長く感じますが、被災された方々の心を癒す、平穏に戻るにはとても短い期間です。
本日、福岡市内中心部でもチャリティーのイベントの催しが開催され、義援金という名の援助を行ってますがそれを復興に使ってお役に立ててこそやった意味があると思いますので、そうしたものに今すぐにでも使って頂きたいです。変な言い方になるかもしれないけど国になんかには預けない。直接使ってもらえる場所に託したい。
でも正直全ての方をお助けて出来ないのです・・・
家族の中で亡くなられた方がいる方もそう・・・
だから某国で「日本の大地震をお祝いします」という表現した一部の者だけどあれだけは許せない。
出来ること出来ないことを考えるよりも自分で出来ることだけでもということで今日は朝から色々とイベントのお手伝いしてきました。何かをするから偉いというわけでもない、何もしないからと悪いわけでもない。
それにはある投稿を見たのがきっかけです。
その方には15歳の息子さんがいたのですが津波の犠牲になり若くして・・・
卒業行事としてアンジェラアキさんの「手紙」のように未来の自分に手紙を書いて二十歳にその手紙を同窓会で読む予定みたいでしたがそれは叶わぬ願い・・・
この親御さんはその手紙を開かずその息子さんが二十歳になる日に開くそうです。
手紙を手元に置いとくだけでも今ではまだ近くにいるように感じ、そうする事で亡くなった現実を少しずつ受け入れる準備をしているそうですが「その日以降は自分達の感情もどうなるかは分からない、どうなっているのかさえ分からない」という現実的な生の声を見て復興していく中でもこういう方たちもいるのだと思うとなんともいえない気持ちになりました・・・。
そんな私情も含めながら、「手紙」を歌ってくれると申してでくれたAっち、ありがとう。
そして今日見た光景。親御さんが泣いてる姿を顔を上げ横でじっと見つめている小さな子供。
金の視線に感じたのかこの子と目と目が合ったのでニコッと微笑んだらその子もニコッて微笑んで、お母さんに甘えるように足元にギュッと抱きついたこのあの瞬間、なんでもない時の親の涙は子供にとっては不安になると思いますが、今日というこの日に流した涙の意味をこの子がいつか大きくなって感じてくれると思いました。
一人で出来ることは限られているけど小さな力でも多く集まれば何とかできる。
それが人間の良きところ、そして日本人の良きところ。
今は目の前のあなたしか助けられない。
だから目の前のあなたを守り続けたい。
こんな考え、ただの偽善者だと思われてもいい。
けどそんな輪が少しでも広がればいいな。
おやすみなさい。