カラスのお話

カラスのお話

自律神経失調症、パニック障害、突発性難聴と戦いながら夢を追いかけてます。
たわいもない日常の物語を書いていこうと思います。興味のある事があったら是非色々な情報を交換したいです。
体の健康、パニック障害改善、その時やその後の仕事についてなど!

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中学も等々三年になり部活を始めイベントごとでも何かと最後という言葉がついてまわるようになった。

小学六年の時もなのだが、中学の方が最後という言葉について深く考えるようになったと思う。

中学三年は人生で大きく変わるターニングポイントだった。

クラス替えで近くの席になったR。
このRとは今でも心友だと思っている。
仕事などで最近はあまり会えていないが、久しぶりに会っても会ってなかった時間をすぐ埋められる、そんな仲だ。
もう一人小学も同じだったS。

通学路の途中に家があったのでよく一緒に学校にいった。

主にこの二人がクラスで仲良しのメンツ。

学校に着くと教室ではなく屋上にいったりも一緒にしてたw

昼まで寝たり、体育の授業を上から見たり。

屋上にはカギが外からかかっていて外からしか開けれなかった。

なので、ジャンケンに負けた奴が階段の階と階の間の小窓から歩くスペースあるので落ちたら即死だが周りこむ形で外からカギを開けるのだ。

もちろん他のクラスの仲良しのメンツもいた。

いうなら学年に絶対いるはみ出した奴らの集まりといった所。

でも、屋上から見た空は電線もなければ木もなく、空しか写らなかったのをよく覚えている。

なんとなく近くも感じた。


部活はまた顧問がかわり、この顧問が嫌な奴で勉強できる奴優先で試合にだすと言う。
普段一軍だったメンツは自分を含めレギュラーから外された。
後にも先にも自分の代での野球人生初めての控えだ。

発表された時グローブを叩きつけ勝手に帰った。

試合の日も一応行ったが一軍は前まで控えだった選手が多いのでお世話にも強いとは言えなかった。

練習試合などの二戦目が二軍の試合で、レギュラーだったメンツが多いので一軍よりもちろん強かった。

それで、部員が話し合ってレギュラーを見直すよう頼んだり、ダメならボイコットなどしたw

しかも、一応自分は副部長だったのにw

まぁそんな雰囲気の部活だったので最後の試合もあっさり終わり、涙を流すような感動などなかった。

その辺りからなおさら大人が嫌いになった。

先輩の最後の試合は物凄い涙を流したので、今思うとなんかさみしい終わり方だった。

部活を引退後、色々な部活の奴と遊ぶようになる。

それまではそれぞれが部活の奴と遊ぶ事が多かったからだ。


中学生にもなるとファッションのジャンルも別れたり、聞く音楽も違う。
その中で仲良くなったのが最初に話したRとSと言う訳。

違うクラスでよく一緒になって遊んでいたのは、後に音楽を始めた時も相方のIなどもいた。


部活引退後から卒業までの話はまた今度…。