【転記】差別用語 | 矯正知力〇.六

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メモ的ブログ

以下、mixiの猫王さんの日記より転記。

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『差別の解説シリーズ 余談編』

中国のことを悪くいうばかりの
そういう媒体があって
どんなオカルトが書いてあるのか楽しみで
そういうのを配布してると、嬉々としてもらうんだけど

その中に、差別について
とても良いことが書かれていた

内容は、英国で暮らす日本人が
そこでの暮らしで、差別について考えさせられる体験をして
それを綴ったものです


その記事から引用する

※読みやすさを考慮して、私のところで任意に改行などをしております
引用ですので、文章は変えてないぴょ~ん


~引用はじめ~

ある日、娘の友だちと一緒におやつを食べていたら、
これまたいきなり、
「ボクはホワイト、あなたは色つき(カラード)」と言われてしまった。

その横で、娘がさも誇らしげに、
「私は半分ホワイトで半分色つき」と口を挟んだ。
これは差別でなく区別だ。

色や形に合わせて物を区別するようなもので、
悪い感情は全く入っていない。

なるほど、子供はこうやっていろいろな人を認識していくのかと、
そのさっぱりした指摘に関心した。

~引用おわり~


これは正しいね
ただ、これに付け加える必要がある

イギリス人の言葉が
悪気なく、たんなる自分と他者との区別で
ホワイトとカラードと言ったところで
差別にはならない

でも、差別は社会的な存在だから
その言葉が、社会的にどういう意味を持つかで
言った本人が、意図していようがいまいが
差別用語となることがある

最初は区別の意味で使っていたとしても
その言葉が、特定の集団を蔑むことに転用されていて
それが社会で定着しているのであれば

その言葉は
単なる区別を意味することから
差別を意味する言葉に、変貌してしまう



「カラード」というのが、欧州で差別用語として
定義されているかどうかは知らない
もしそうであるなら
親は、その言葉を使ってはいけないこと
なぜいけないのか?
それを教えないといけない


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『「馬鹿チョン」カメラ』

「チョン」という言葉は差別なのか?
「これだからチョンは」と言えば、差別なのか?


◆その言葉が差別となるのは、実態が伴わなければならない

厳密にいうと
「これだから○○」というのは、単なる偏見であって
差別の論理的形式ではありません

また、なにかの集団に
「チョン」のような別称をつけることも差別の論理形式ではありません

だーけーど!
「チョン」という言葉は差別用語ですし
「これからチョンは」というのも差別に他なりません

何も禅問答を私はしたい訳ではありません

現に、「チョン」と呼ばれる在日韓国・朝鮮人が差別されている
そのことをシンボル化したのが
「チョン」という言葉です

「チョン」は単に在日・韓国朝鮮人のことを指すこと以上に
彼らに対する差別を容認し、それをもって彼らを嘲る
そのことを含む言葉(シンボル化)しているから
「チョン」という言葉を使えば、差別発言になるんです


このような整理がキッチリできていないと
差別主義者と議論したとき、足元をすくわれます

私が差別主義者の側に立って
差別反対を唱えるリベラル派とディベートしたら
絶対に勝つ自信ありますw
そんな時間をどぶに捨てるようなことはしませんけど


◆昔からある言葉で差別用語じゃなかったから差別じゃない?

今日、マイミクさんから
「チョン」は韓国・朝鮮人への差別用語じゃないという人がいるんですけど
どう思いますかと聞かれた

なんでも、その寝言を言っている人に言わせると
「チョン」という言葉は、江戸時代に出来た言葉で
「とるにたらない奴」という意味の言葉だそうだ

だから、語源として直接、韓国・朝鮮人を指すわけでなく
ゆえに彼らへの差別用語じゃないという
電波な理屈らしい


誰が言ったかしらんが
頭に虫沸いてるだろ!?
今すぐCT検査を受けてこいっ!


「語源は違うから」
「もともとの意味が違うから」

そんなことを理由に
この「チョン」という言葉を
韓国・朝鮮人への蔑視の言葉、差別的言葉じゃないだなんて
そんな怪電波(屁理屈とすら言いたくない)が通るかいっ!


じゃ~あれか?
「この豚野郎!」と他人を蔑視する言葉があるが
趣味でそう呼ばれたい人は別として

語源は生物をさす言葉です
語源としても、人に対して使う言葉じゃないです
だからこれは、侮蔑の言葉じゃないです

なんて怪電波が通るのかよ!?

同様に、人に対して「ばい菌」とか言うのも同じだな


少しでも頭使えば・・・
ってか、使わんでも分かるだろうが!

実際に、韓国・朝鮮人に対して差別的、侮蔑的言葉として使われてきた言葉だ
語源とか本来的意味合いに関係なく
差別用語は、その使われ方から判断される

馬鹿チョンカメラと呼ばれるものがあったが
韓国・朝鮮人に対する差熱的、侮蔑的言葉だからといって
使わなくなった経緯があるだろうが!

差別主義者のとんでもない怪電波だ!


だが、えてしてこういうやつに限って
自分は差別主義者でないと、のうのうと言いやがる

自分の主張が真っ当だと思っていて
チョンという言葉は韓国・朝鮮人に対する差別または侮蔑の言葉でないというのであれば
その旨を、彼らを前にして言って見ろよ!

言い切ってやるが、こんなクソ野郎にはそんな勇気は絶対にない

言えたとしたら
それは大勢の同じ主張を持つ差別主義者に囲まれて
気の弱そうな一人、もしくは少数の在日に向かって言う場合だけだ


俺は過去の日記で
「少々の武勇伝あり」と書いたこともあるけど
そのときもちゃんと書いたけど
大阪人の法螺話で大げさに言ってるだけで
実際には強くないし、いばれるほどじゃない

だが、俺はそんなチキンの卑怯者じゃないぞ

これも過去にも書いたことがあるが
俺もネトウヨみたいなことを信じていたことがある
在日に向かって、日本は悪くないと語っていたが
常に俺一人で、相手は複数だったぞ
相手は巨体で柔道有段者だったり

いろんな経緯があって、中国人が嫌いだったこともあったが
あるとき、一人の中国人に対して
「お前ら中国の奴らはなんでそんなに態度悪いねん!」と絡んだことがある
そんときも、俺一人だったし、相手は俺よりでかい奴だったぞ
すごい態度が横柄な奴だったから、気弱なやつとかでは決してない

極左にも極右にも絡んだこともある
今はもう、さすがにやらんけど
ってか、そういう行為に意味がないからな

これは俺の過去の恥であるが
誰にでも間違いはあるし
そういうものを通じて、人は成長するもんだが


本当に正論だと思えば堂々と主張すればいいが
そういうす勇気も自説の確信もなく
ネットの匿名で安全な場所から
差別を冗長する発言を繰り返す
しかも、自分は差別してないなどと開きなおる

こういう電波野郎が、心底ムカつく!


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「言葉狩り」の論理と
「差別用語」の論理は異なるんですよね

前者が「形式」主義であって
後者は「実質」を見ています


私も知人と、ひどい言葉で罵りあったりしますが
それは互いが笑顔で楽しい会話の一環としてです
双方とも、相手が人権侵害するはずもなく
そういう思想には怒りを持っていることが分かった上で
ギャグというかふざけあってのことです

でも、こういうのは特定の関係に通用することです
これを、誰かがみて「差別だ!」と騒げば
言葉狩りでしょうし
小説なんかで、社会を、醜さも含めてリアルに描こうとするとき
現在も使われている差別用語を使用したところ
作品の意図が差別を助長するものではない場合は
言葉狩りになるでしょう

私が今の日本社会の右傾化をテーマに小説を書くとすれば
右巻きの連中の、外国人差別の言葉を綴るでしょう
右傾化を批判的に描くつもりなので
それらが必要不可欠です


そういう言葉狩りと
在日なんかを侮蔑するのに使われている言葉を
知らないわけはないけど、知らずに使っても
現実に、それで不快に思う人がいて
さらには、不当な差別を助長することにもなっている
こういう状況では、キッチリと批判しないといけません

これは状況の本質を見る態度であって
「言葉狩り」などではありません


そもそも「言葉狩り」って
まともな人はしませんよね
逆に差別がなければ利権をえられないような連中が
やっているんじゃないですかね?


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参照
【転記】差別とは何か?
【転記】差別をなくすには
【転記】差別はなぜいけないのか