7時ころ目を覚ますとまだ薄暗かった。

ごみ捨てに行こうと思って玄関でサンダルを履いた。

思ったよりも足が冷たかったので考え直し靴棚を開いた。

夏以来、キャンパス生地のスニーカとサンダルで事足りてたので
靴箱を開く機会がなかったから久しぶりだった。

隅っこのほうから、春先にしまった赤いワークブーツが出てきた。

ABCマートで安売りされている時に買った、どこにでもある普通のブーツ。

僕のお気に入りのひとつで、寒くなると引っぱり出しては履く。

思い出す。


南武線と田園都市線を結ぶ通路。

クリスマスも間近にせまった夜だというのにサックスを吹いている男がいた。

サイズの合っていないジージャンと真緑のスウェット。
茶色のニット帽子。
寒かったのか軍手を二枚重ねて履いていた。

適当に吹き出したサックスにドラムとベースがつづく。

トリオ編成とは思えない。
一昨日渋谷公会堂で演奏したリッチーなんとかとは全然違う。
完璧にロックだった。

僕はつったたまま演奏を聴き続けた。


だんだんと人垣ができる。

サックスはアスリートの目で誰も見ていない。

集中。

たった一曲だけど、10分15分と続き、結局そのまま30分以上途切れなかった。

その間、ギャラリーは凝視。

演奏が終わったとき、ストリートミュージシャンに送る歓声とは思えない
歓声があがった。

つき物がとれたサックスと ふと目があった。

サックスはにやっと笑ったので、思わず足元に目を逸らした。

赤いエンジニアブーツ。

休憩時間、真昼間に外を歩く。

日差しに、反射的に手をかざしてしまうような、強さがない事に気がついた。

急いでアイスを食べる必要もないし。

そういえばセミの鳴き声がもう聞こえない。

勢いがなくなった風景は胡散臭く感じてしょうがない。

実りの秋。

なんだって実る前の発熱の方が良いよね。

って、100人に聞けば30人はそういうに決まってる。

通学途中の道端にあった喫茶店。

セントバーナードが店内で放し飼いされている。

僕は、その店のメニューにある、シソとアジのパスタの大ファンになり

アルバイトの給料が入った日に、立ち寄るようになっていた。


そもそも僕は香草も青さかなも好きではなかった。
(単体では今も苦手かもしれない)

外食するときにメニューに載っていても、まず選択肢に入る事はないのだけど、

あるとき日替わりパスタランチの内容を確認しないで注文したのが出会いだった。

自分のズボラさを後悔しながら一口食べたところ、あまりにも美味しかったので、

自分の家で再現すべく、材料だけ買い揃えるくらい好きになった。

そんな出会いがあってから、食わず嫌いは本当に良くないな。と思うようになった。



席に着くとセントバーナードのセントくん(仮名)が目を覚ます。

3mの距離をたもったまま、ジッとこちらの様子を伺っている。

僕の席に食後のデザートのシフォンケーキが運ばれてくる。

店員が厨房へ姿を消すと同時にセントくんはゆっくり僕のとなりへやってくる。

彼が座ると、頭の位置が丁度テーブルの高さと一緒になる。

ヨダレを垂れ流し、テーブルを汚しながら、眠たげな目で
僕の口に運ばれるシフォンケーキを見つめる。

根負けして、どうぞとケーキを勧めると、セントくんは表情を変えずに
べろべろと器用にたいらげる。

厨房の方からの視線に気がつくと、定位置へもどっていく。

セントくんはシフォンケーキ以外に興味を示さない。

他の料理は口に合わないのかもしれない。

今度きたらしそとあじのパスタを進めてあげよう。



でも、その冬、あっけなくお店は閉店してしまった。

食わず嫌いを教えてくれたパスタにも、狭い入り口で日光浴(営業妨害)する
セントくんにも会えなくなってしまった。

そういう寂しさも初めて知ったけど、そういうのはいらないよね。