十八番の歴史 | 酒の友は我が友也

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酒好きで女好きとの評判な筆者が、意外と適当じゃないことを綴るブログ。
きっと何か発見がある。たぶん、本を買うより安上がり。
合い言葉は、『愛だろ?愛』

カラオケ18番 ブログネタ:カラオケ18番 参加中

これまた他人にとっては興味が湧かないネタ。
他人のカラオケの十八番が何であろうとまるで関係ないだろう。

しかし、敢えてこれを選ぶ。カラオケ好きの宿命である。

カラオケが出始めた頃と比べれば勢いは落ちていると思うが、
今でもカラオケって娯楽を代表するひとつだよね。
週末の夜なんかは結構待ち時間があるくらい賑わっている。
カラオケが好きというより、一番適当な娯楽だからという理由だろうけども。

我々付近の世代はカラオケBOXが増え始めた頃。
それ以前の人は、スナックで歌うのが主流だったと思う。
が、それはいいとして。

当時はルーム料金が結構高くてね。
フリータイムというシステムがなかったし、
長時間歌うとえらい金額になっていた記憶がある。
そう、要するにラブホと同じ。

そんな料金設定にもかかわらず、カラオケは大人気だった。
それと、今でこそ綺麗な部屋で歌うことが出来るけど、
BOXが流行り始めた頃は、コンテナのような部屋。
機種もレーザーディスクかCDによるカラオケで、
通信タイプが出てきたのは、それから数年経ったあとの話。

うーん、懐かしい得意げ
と、思い出話を書くことが、このテーマのミッションではない汗

十八番。
ありすぎて答えられないな得意げ
それは事実だけど、敢えて挙げるのがテーマに対しての礼儀にひひ

カラオケブームすぐの頃は、
“LOOK”の『シャイニング・オン君が哀しい』
これを十八番として歌っていた記憶がある。
同世代の人でも知らない人の方が多いかもしれない楽曲。
“鈴木トオル”の名前は知っている人もいるでのはないか。

当時は、キーの高い曲を如何に完璧に歌うかがテーマとしてあった。
それが上手さの度合いと勘違いしていたからだ。

カラオケに慣れ始めてからは、
“チャゲアス”“浜田省吾”が十八番になったのだが、
チャゲアスはアルバム“RED HILL”以降独自の路線に走りすぎたのもあって、
カラオケで歌う機会が少なくなり、一方浜省は明るくない楽曲が多く、
二次会等で歌うには不向きと判断し次第に歌わなくなった。

その後は“コブクロ”“スキマスイッチ”が十八番に。
聴かせながらも、場の雰囲気を沈まさない曲をチョイスするようになる。

そして現在。
今は“サザンオールスターズ(桑田佳祐)”
そう、何故か今更サザンなのである。
年齢を重ねるに従って、声質が桑田さんぽくなってきたというか…。
どの場で歌っても一番評価が高いんだよね。なので最近はサザンメイン。
その中でも『明日晴れるかな(桑田佳祐)』『oh!クラウディア』『MELODY』あたりが十八番。

まっ、ここまで読んでくれた人はお気付きだと思うが、
基本的に聴かせる曲の方が得意。これは今も昔も変わらないにひひ
つまりそういうことなのだ得意げ