子どもの頃、あまり良い思い出はありません。
何か生きづらく、怒られてばかりいた記憶しかないです。
ある時、何気なく母が言いました。
「幼稚園年長の時、園長先生のご主人が大学教授で子どもたちに何かテストされたんだけど、そのあと、呼び出されたのよね」
わざわざ呼ばれるのは相当なことです。あまりない結果であることを伝えた上で、母には出来ることとそうでない事の差が激しいので「この子は好きなことをさせなさい」と言われたとのことでした。
しかし、何を思ったか人間は鍛えれば何とかなると、思いこんでいる父親の影響もあり勝手に好きなことを決めつけられてエレクトーンやらバレエやら書道やら行かされたのでした。
なんといっても父親の愛読書が石原慎太郎の「スパルタ教育」だったのです。
もちろん、どれも続きませんでした。私は自分の世界に入り込むようになり、結果として母は「何を考えているのか分からない子」とお利口さんの兄と比べて益々、冷やかに私を見るようになってしまいました。自分の良いと思う事は子どもも良いと思うはずという所がそもそも問題ですね。その後、長らくウツウツと少女時代を過ごし、音楽に没頭したり、脳内逃亡を企てていました。
そんな訳ですから、地域ではまずまずの進学校に中学受験して受かっても、国立大に受かっても、親に誉めてもらった記憶はありません。それどころか、兄と同じ大学ではないことを嘆かれました。心理をやろうとしたら、何のプラスにもならないと言われて親の思うところのプラスになる外国語に志望を変えたにも関わらずです。
実は、今頃になって大学院3つ合格して初めて誉められました。遅すぎますが、考えてみると優等生の兄ですら、あまり褒められていたようにも思えないので、褒めるということを知らなかったのではないでしょうか。
私が本当の意味で自分らしくなったのは海外生活のおかげです。その後、息子ら二人とも自閉症という衝撃的な事実によって、高校時代に親からNGを出された心理の道に歩み出し、自分を打ち立てたのですから、不思議なものです。
さて、長男は幼児期は知的障害、ADHD、LD、自閉症と診断名はいっぱい付けられました。
おかげで私もどの特性も勉強することになりました。その後、大変身を遂げていくのですが、幼児期はとにかく強烈な子どもでした。いろんな検査もされましたが、そこで知ったのです。
幼児期に私が受けたと母が言っている検査が何だったのか!
たぶん、当時は日本に入ってきて間もなかったのではないでしょうか。ウェクスラー式知能検査だったのです。
そして、母の話から動作性知能が90に足りず、言語性知能が140以上というテストした先生がそりゃ、驚くわ!という強烈なLDだということが判明した次第です。
つまり言葉を操作することに関しては年長さんにして小3。逆にパズルや絵を見て判断するような言葉を媒介にしないようなものはせいぜい年中さん程度だったということです。
男の子に多く、どちらかというと逆のパターンのほうが多いかと思いますが、子どものころ、大変だった事が納得できました。
まず、左右がわからなくて、いつも怒られていました。どう見ても靴の左右の違いがわからない上に間違えて履いても気にならないのです。気になるのは親だけで「どっちが右?」と聞かれては左の掌にホクロがあったのでそれを見て答えて、さらにまた怒られるという次第でした。
不器用でちょうちょう結びができない。(今も苦手)
やたらとこけたり、ぶつかったりするので年中、ケガや打ち身、運動が苦手。
球技は特にダメで目でボールを追うことができません。
最後までちゃんと見なさいと言われても無理なのです。
「どうしてこんな子がうちにできたのだろうね」と言われるので運動会は大キライでした。
字も汚く、女の子なのに恥ずかしいと言われていました。そのため、書道教室に行かされたのです。
小学校で図形が始まり展開図が出てきた時はパニックでした。
今も組み立て家具やDIYはダメです。息子らにやってもらいます。
とはいえ、数学は成績が悪かったわけではありません。徹底的なパターン学習で文系クラスのレベルは乗り切ることができました。もちろんずば抜けて良くもありませんが。
一方で言葉に関しては達者でした。作文も得意でした。
しかし、こねくり回した文章を書くので先生の受けはよろしくなかったと思います。
中学校で英語が始まった時も特に勉強しなくても出来ました。
のちに挨拶と片言の会話、10までの数字くらいのレベルでイタリアに渡った時も書くのは最後まで苦手でしたが、会話はけっこう、早く出来るようになり帰国が嫌になるくらい楽しんでいました。
速読ができたので、国語のテストはいつも時間が余っていたのも覚えています。
大学院の入試でも辞書持ち込み可なので、英語はほとんど勉強しませんでした。
いま、幼児期から低学年の保護者の方から「うちの子はこれができない」と相談を受ける立場ですが「私もできませんでした」と内心、思って聞いています。
「最終的にどのくらい何ができたら社会生活を送れるのかというところから逆算してみると焦る必要もないですよ」と伝えています。
逆にその視点から考えていくと、今からやっておいてほしいこともあるのも事実です。
そして、そこになかなか目が向かない人も少なくないのです。
また、改めてそれは別の機会に。
ともあれ!!今は堂々と私は空間認知が弱いでーす!なんて宣言して仕事してます。