基本おうちごはん書きたいんですけど、

ブログだし、たまには続けてどうでもいい話、させてください。

 

私が家を出ようと思ったのは、

厳しくも理解のある親の元で、このまま行ったら、

親に何かあった時、私は平常心でいられるのだろうか、という恐怖からでした。

 

なぜそんなことを急に思ったのかはまったく覚えていませんが。

 

そんな時、私はある求人広告に出会い、

そこに受かり、

家を出ることになります。

 

受かるまで親には内緒にしていたのですが、

両親は反対することもなく、ただ、涙目で送り出してくれました。

 

そこで私は色々な人に出会いました。

日本のあちこちに行き、農業、商業、役所、色々な仕事、

色々な年齢の人に出会い、それぞれの話を聞き、

自分の常識では測れない、色々な常識に出会いました。

 

人生人それぞれ、

生まれた土地によっても、

環境によっても、

人それぞれの常識があるのだと知りました。

 

20代でのその出会いは大きかったです。

 

30歳の時ホームヘルパーの資格を取りました。

これもまた、親に何かあった時、平静でいられるのか、と思ったのがきっかけです。

 

少しだけ、ホームヘルパーの仕事もさせてもらいました。

家の掃除や買い物が主でしたが、

掃除ひとつにもそれぞれのこだわりがあり、

それが私にはわかったので、そこを尊重しながら一生懸命掃除しました。

掃除の仕方は、母の背中で覚えたものです。

 

カーテンは、外に向けてはたく、とか、

階段は、段を拭いたら、その横の手すりを拭く、を繰り返す、とか。

言葉にはできないけど、なんか見てて覚えてた感じです。

 

あと、会話の時間を、皆さんすごく喜んでくれました。

家族の方が用意したご飯を決まった時間にお出しする仕事もあったのですが、

「一緒に食べてよ」という方が多くて、

「すいません。私は食べることができないのです」と言うと、すごく悲しそうな顔をされて。

 

だよねーって思うのです。

誰かと一緒に食べるのが美味しいに決まってるのです。

 

それでも、特に一人暮らしの人生の先輩方は、

一人の食事を自分の決めた内容で、大切に食べておられました。

 

もったいないからとお風呂をなかなか洗わない(水を落とさない)方もいらっしゃいました。

 

端から見れば、些細なことも、

それぞれの人生を生きてきた方々にとっては、とても大きなことだったりする。

 

大切な空間だから、

でも、自分では掃除できないから、

すごく歯がゆいのですよね。

 

その歯がゆさ、わかります。

 

場面は違っても、自分にもあります。

 

今、会社で若い子と接するようになって、

また、自分の物差しでは測れないものが出てきました。

自分目線で見ているだけではわからないこと。

 

ありがたくも、このおばちゃんに、ぶっちゃけてくれる子が教えてくれました。

あの時、実はこう思っていたのだと。

おばちゃんは、驚き、なるほど、と思うのです。

 

そうか、あの時、君はこう思って、つらくて、やめたくなったけど、

今、私の前にいてくれるのか。

 

それは嬉しい。

嬉しいぞ。

 

年を重ねても、重ねても、まだ新しい人と出会える。

そこから、また学べる。

これは、とても有り難いこと。

 

大好きな人がまた増える。

嬉しいこと。