古い、という意味では、

2番目に古い大親友。

が、仕事で上京する際、1日時間を作ってくれて、

東西大移動を繰り広げてくれました。


おとたまにも会いに行ってくれた。


その大親友は、うち(実家)にも遊びに来たことがあって、

おとたま得意の手料理も食べてくれていて、

何きっかけだったか思い出せないのだけど、

おとたま行きつけの新地のスナックに3人で行ったこともある。


果たして父は、彼女のことをもちろん覚えていて、

私の顔を見てまず、いつものように、

「ゆきちゃんは諦めた頃にくるな」と言ってから、

親友の顔を見て、

「相変わらず可愛いな」と言って、泣き出した。


そして、

「うれし泣きだよ」と言った。


3人でいつものようにファミマの珈琲飲みながら、

ナボナ食べながら(食べたのは父のみ)、

いろんな話をする。


相変わらず可愛いと言われた親友が、

「いやあ、どんどん大きくなっちゃって」と言うと、

大きくなることは良いことだよ。大は小を兼ねるんだよ。

年取ると、小さくなるばっかりなんだ
」的なことを言う。


なんかね、知ってる人が毎年3人くらい減ってくんだよ。


おとたま、77歳。


年を重ねると、死を近くに感じるのは、私もそうだ。

若いころも死を意識することはあったけど、

ああ、私がいつ死んでも良いようにこれとあれとあれとはちゃんとしとかなくちゃ、

とか考えるようになったのは最近。


母が死に、

父が脳梗塞で倒れた、というのは大きかったと思う。


思い出の中にいる若い子が遊びに来たせいか、

おとたまもいつもより饒舌。


最近、老人が運転する車が繁華街に突っ込んだりすると、

「あいつか?どいつか?あいつなのか?!」って気が気じゃない。

とか言う。


饒舌なおとたまは嬉しいけど、

しばし沈黙していたのに、


やっぱり帰ろうとするタイミングで色々しゃべりだす。


毎度ひかれる後ろ髪。


また、必ず来るから。


おとたまの元から帰って、我が家に来てもらい、

相方と対面してもらいました。


相方にも親友の話はさんざんしたし、

親友にも相方の話はしたし、

お酒も入って盛り上がる宴。


みんなで大笑いして、

みんなでそれぞれ語りたいことを話し、

みんなでそれぞれの話に共感し・・・。


私ね、

会社にいると、

私、人間じゃないんじゃないかっていうくらい、人と話が合わなくて、

うまく会話をつなげなくて、心配になるのだけど、


いつか出会って、

私のこと、友達って言ってくれて、

私も友達って感じてる人と話す時は、

すごく上手にしゃべれる。


何も考えずに、

思いついたこと、そのまましゃべって、つっこんで、つっこまれて、

気が付けば大笑いしていて、

ごく自然に、

何も気負いしない、

何も考えてない、楽しくて幸せな時間が過ぎる。


あいかわらずっていうか、

持って生まれた性質なので、

人付き合い苦手って常に思っているのだが、

あえて言うと、

そんな私だから、

優れた、心の広い人が、

常に私が尊敬する親友が、

私の周りには残ってくれている。


それは、とてもありがたいこと。

幸せなこと。


感謝しておりますです。