たった2回だけれど、
おとたまの車いすを押して感じたこと。
ほんの少しの段差、
ほんの少しの坂が、
こんなにも大変なのか。
押してる私でそうなのだから、
乗ってる人、
さらに、自ら車いすを操縦している人は、もっと大変なのだろう。
雨で滑らないように、デコボコをほどこした商店街の通路。
車いすで通ると、ガタガタガタガタ揺れまくる。
押してる私が感じるよりも、
乗ってるおとたまは、顔が揺れるくらい感じている模様。
関係ないけど、
自分が貧血で倒れたとき、
普段平らだと思っていた道が、上り坂だということに気づいた。
今まで普通にできてたことが、突然できなくなった時、
かなりショックを受けた。
この前、駅の構内で
盲目の男性がお2人、女性3人組と話していた。
どうやら道を聞いているらしい。
果たして女性陣はわからなかったらしい。
一度は通り過ぎたものの、気になって仕方がない。
ふと振り返ると、
かたっぽの人が、もう一人の人の肩に手を置き、
駅の構内の端っこを、行ったり来たりしている。
知ってる場所かもしれない、と思って、思わず声をかけた。
昔なら、役に立つかもわからない、迷惑がられるかもしれないことに、
首をつっこむことはしなかったのだけど、
いつからか、自分が気になるなら、とりあえず声をかけてみようと思うようになった。
果たして、
知ってる場所だった。
どうやってお連れして良いかわからなかったのだけど、
「肩貸してもらえば大丈夫です」と言ってくれたので、
肩に手をかけてもらって、
声をかけながら、駅構内から出る。
まずは、3段ほどの階段を降りる。
・・・と、盲目の方が、
「やっぱり、階段降りなきゃいけないんですね」とおっしゃる。
ここでもう迷っていたらしい。
階段を降り切ると、車止が二重にある。
「そうそう、これこれ。これ越えなきゃいけないんだよね」
「やっぱりそうだったんだねー」
と、お二人。
Uの字を逆にした形の車止が等間隔で並び、
数十cm離れて、ずれるように、また並ぶ。
駅の構内に自転車とか入ってこないようにするためだと思うのですが、
逆Uの字の柵だから、うっかりすると、盲目の方の杖は、
そのUの字の中に入っちゃう。
足がはまっちゃったりもする。
「それ、柵の間ですから。少し横に引いてください」
盲目の方は、慣れた様子で、杖を引き、少し左にずらして、柵を通り過ぎる。
やっと出れた。
そのまま、そのお店までは一本道。
一人が、
「あー、こっちで良かったんですね。居酒屋さんかな?違ったら申し訳ないな」
「はい。この辺りは、飲み屋さんがいっぱいあるんです」
「僕、明るいぐらいはわかるんです。なるほど、やっぱり居酒屋さんの明かりだったんですね」
あとはまっすぐ。駅から、徒歩2分。
果たして、そのお店は閉まっていました。
「ごめんなさい。閉まってるみたいです」
「そうかー、だから、何度電話かけても出てくれなかったんだ。
でも、大丈夫。もうわかったから、次は来れるよ」
私自身、自分がどんどん目が悪くなるので、
いつか盲目になったら・・・と不安になることがよくあって、
笑ってる二人を見て、強いな、と思ったりしました。
バリアフリーという言葉は、ずいぶん浸透してきたし、
実際、段差をなくして、坂道にしているところや、
段差をなくすために板を置いているところとかもよく見ます。
でも、実際に車いすで歩いてみると、
不便なことは多いです。
ほんの小さな障害物が、行く手を阻むのです。
目が不自由な方にとってはどうなのだろう。
耳が不自由な方にとっては?
相手の立場に立つって難しいです。
経験してみないとわからないこといっぱい。
おとたまは、近視乱視遠視の目で、何を見ているのだろう。
わがままに聞こえるその言葉の裏に、どんな気持ちを抱えているのだろう。
それは、病気のせい?
年のせい?
色々わかっているけど、どうしても我慢できないせい?
なってみないとわからないことが多すぎて、
でもなっちゃったら、わからなくなっちゃうこともある。
みんなが幸せになるって難しいのかな。
あ、違う。そういう話じゃなくて、
あ・・・
結論でないや・・・。
すいません。夜中(そろそろ夜明け)なもので。