酔っ払うと思うのだ。
私さえ、
私さえ、今あるしがらみをすべて捨ててしまえば、
おとたまと一緒に、
大阪に帰って、
24時間面倒は見られないまでも、
少なくとも、
おとたまが大好きなお友達といつでも会うことができて、
弟や妹たちとは離れてしまうけれども、
おとたまにとっては、幸せなのではないだろうか。
私さえ、今ある東京でのしがらみをすべて捨ててしまえば。
私は、
人生好き勝手生きてきたし、
のたれ死にしても仕方ないと思っている。
できれば誰にも迷惑かけることなく死ねたらいい。
できれば、あまり苦しまず、死ねるとありがたい。
この年になると、
死に方、を想像するのだよ。
同じように、脳の病気で倒れ、
母は意識が戻らないまま亡くなり、
父は生き残った。
それには意味があるのかもしれない。
・・・と前にも書いた。
母は、人の世話をするのは苦にならないが、
誰かの迷惑になってると感じると、
すんごいストレスになる人だった。
例え、生きながらえたとしても、
誰かの世話になることで、ストレスたまる一方だったと思う。
・・・思うようにしている。
父は生き残った。
偶然が重ならなければ、
少なくとも今頃、意識はない。
でも生き残った。
そこには何か意味があるのではないか、と思ってしまう。
倒れてしばらく、
元々心の広い、のんびりしたおとたまが、
我がまま言い放題になった時期は、
どうしようかと思ったが、
リハビリを重ねて、
本来のおとたまに戻っていく姿を見ていると、
やっぱりね・・・
私がふんぎりをつけられれば、
一番良い最後の時間を過ごせるのではないか、と思ってしまうのだ。
だけど、
しらふに戻ると、
捨てられない自分がいるのだ。
おとたまの病院に行くと、
おとたまは私に「おかえり」と言う。
おとたまが寂しさ倍増の時は、
「会いたかった。昨日会いたいって神様にお願いしたけど、会えなかった。
違うよ。お父さんが勝手なだけなんだ」
とか言う。
理想は、
大阪で、
二人で、
私が父の面倒を見ながら、
時々、おとたまの親友が遊びに来てくれて、
私も、時々親友と遊びに行って、
笑って、
笑って、
笑って・・・
泣きたい時も笑いに変えて。
おとたまが、人生を全うできたら。
でもそうすると、
おとたまが大好きな年の離れた妹にはなかなか会えなくなるし、
現実的には、
私が24時間おとたまを見守ることはできない。
おとたまが死んだあと、すぐに私も死ぬならともかく、
生きている限りは、糧が必要だ。
この年で新しい仕事を見つけるのは難しい。
そして、
私は相方が大好きだ。
初めて、
無防備な私を受け入れてくれた人だ。
おとたまがかかさまを愛したように。
模索する。
模索し続けている。
迷い続けている。