今日は、朝から体が重くて、
やたらと眠くて、
おとたまが上京してから初めて、お見舞いにいきませんでした。
熱っぽくもあり、移してはいけない・・・というのは言い訳で、
病院の近くまで行ったのですが、どうしても足がそれ以上前に進まなかった、というのが現実です。
お昼間、同僚が「お父様、どう?」と話しかけてきてくれました。
聞けば、彼女のお父様は、うちのおとたまより年上で、
今施設にいらっしゃるそうです。
やはりお母様が先に他界しており、
お兄様とお姉様がいらっしゃるので、最初は交代で面倒を見ていたのですが、
やがて、限界となり、
一時は、自分がマンションを買って引き取る、ということも考えたそうですが、
誰か一人に背負わせたくないご兄弟だったのでしょう、
「おまえの人生を犠牲にする必要はない」と、
話し合って、施設入りを決めたそうです。
最近、介護の話になって必ず聞く言葉が、
「介護の限界」です。
お金があれば、選択の余地は増えるのでしょう。
しかし、たとえば私は今、
自分が自分の足で立ち、生活していくために働き、
漠然とではありますが、
将来、せめて他人に迷惑をかけないでなんとかできるぐらいの貯金は必要だよなあ
と思いながら生きていました。
いや、もちろんそれだけではないですよ。
リハビリ病院への転院の話をされた時、
「おうちの近くが良いですよ。通いになった時、仕事の前に病院に預けたりできるようにしておかないと」
と言われ、はっとしました。
抱えていくわけにもいかず、現実問題、どうやって預けに行けるのか。
仕事行く前に預けるって、その分、仕事の時間を削るの?
お給料減って、おとたま抱えて、やっていけるの?
仕事から帰ってから、毎日父の世話をするの?
今でも週末の2日間、でろんでろんの生活してやっと次の5日間働くことができる状態なのに、
その週末もなくなって、私、大丈夫なの?
おとたまをちゃんとみとったとして、その後に、私の人生はあるの?
・・・・・・
すいません。ちょっと想像が過ぎました。
施設に預けるにしろ、
安い公共の施設は常に満杯、
私設は半端ないお金がかかるそうで。
調べてみたら、
入所時に払うお金が、ン十万円のところから二千万円のところまで、
それ以外に毎月、安くて20万円、高ければ150万とかもっと高いところもある様子。
一人っ子の私では、折半する相手もいない。。。
私より上の世代は、
たぶん、私がどうやっておとたまを看るのか、と考えている。
私と同じ立場に立った人は、
私がこの状態で、どうやって自分の人生を大切に生きていけるか、を考えてくれる。
両方できたら、それは素晴らしいけど、
どうかな・・・。
どんなに目をこらしても、
未来は見えませんね。
考えすぎはよくありませんね。
どうやら私も疲れが出てきたようです。
今日は早めに休みましょう。