ずっと気になっていたのだけど、
父が倒れた日、6月26日は、
4年前、母がクモ膜下出血で倒れた日と同じ日だった。
2009年6月26日。
母は父に見つけられ、
2013年6月26日、
父は父の友達に見つけられ、
同じ病院の、同じ集中治療室に運ばれました。
そこまで仲良ししなくて良いのに。
でも、
母は、意識が戻らぬまま、5日後に亡くなり、
父は、意識を持ったまま、7日後に一般病棟に移りました。
いや、それだけなんですけど。
今日は、久し振りに鍼に行きました。
鍼の先生には、父の話もしていて、病院のこととかも相談に乗ってもらっていて、
私の体調のこともここ10年以上、わかってもらっていて、
今日も、いろいろな話をしました。
ガッチガチだった首や腰をゆるめてもらいました。
会社の人は、
いろんな形で、それぞれのキャラで、私の話を聞いてくれたり、
一緒にいてくれたり、経験を教えてもらったり、仕事変わってもらったり、
いっぱい助けてもらっています。
そして、
いよいよ、東京でひとつ、父の話を聞いてくれるという病院が見つかり、
大阪の病院から送ってもらった父のカルテを持って、明日、面談に行ってきます。
今、カルテって、CD-ROMで送られてくるんだね。驚きました。
その話を、大阪の父のお友達、いや、命の恩人にお伝えしたところ、
私がいない間に、何度か病院へ父を訪ねていてくれたとのこと。
お父さん、こんなだったよー、って教えてくれました。
お父さん、病院で一人で、
窓の外見つめるだけだったり、
車いす乗って、壁見つめるだけだったり寂しそうにしてないか心配だったけど、
父は、年とってから、私に対しては、甘えん坊になるけど、
お友達の前では、まだ見栄を張ろうとするから、
きっと、頑張ってくれていることでしょう。
説かなくてはいけない問題は、山積みで、
その上、正解はだれにもわからなくて、
だけど、
何らかの形で、私や父に、関わってくださっている皆さん、
いろんな形で、人生の時間を、父や、私と一緒に過ごして下さった皆さん、
感謝でいっぱいだから、
せめて、ひとつひとつ、誠実に、接していこうと思います。
明日の面談でさえ、
一人では、あわあわしちゃいそうだけど。
頑張ってきます。
大阪は、
父の病院の近くの商店街にあったお店。
仕事上手はおしゃれが上手!
