ブログネタ:5月12日は母の日です。
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5月に母の日、
6月に父の日、
母の日は5月の第2週目の日曜日で、
父の日は6月の第3週目の日曜日。
この2つがなかなか覚えられなくて、
タイトルになるわけです。
母の日の最初の思い出は、子供心に苦いものでした。
学校の授業で、カーネーション作ったんですよ。
なんか棒みたいのに、
赤の色紙でカーネーション作って乗せたやつ。
(こういう授業、今じゃありえないんでしょうね)
意気揚揚と母の元に届けたら、
母の第一声が
「ありがとう♪何これ?ほうき?」
・・・・・・
どんだけ不器用なんだよ、私!
その後、肩たたき券を経由して、
あ、肩たたき券って今でも有効なのかしら。
当時、定番だったのだけど。(私の中でだけ?!)
晩年は、お菓子を贈ることが多かった。
食道楽さんだったからね、
「なんでもいい」って言いながら、贈った品に採点付けられたよ。
指輪プレゼントしたこともあった。
18Kのやつ。
お母さん、気にいったらしく、いつもハメててくれてたのだけど、
ある日、楕円形になっていた。
指にはめてたのに?!
その頃から、母は、ある種の超能力を発揮するようになった。
洗濯機を壊したり、
コーヒーメーカーを壊したり、
極めつけは、
階段を2階に上がったところでこけてしまい、
膝まづいたら、踊り場の床抜けた。
天才か、おまえは。
とても真面目な人だけに笑えるエピソードはいっぱいある。
あまりに純粋な人だっただけに、可愛いエピソードがいっぱいある。
母があまりに徹底的に家事をする人だったので、
実家にいた時、私は何もしてなかったけど、
それでも背中を見てるって大きい。
ホームヘルパーやってた時の、
掃除や洗濯の仕方の人生の諸先輩方の評価はめちゃくちゃ高かった。
全部母のしてたことのコピーなのだけど。
記憶の中で母がやってたこと、
母にいつも怒られてたことをやった結果。
気がつけば、父もそうなっていた。
母がやってたこと、母が父に口をすっぱくして言ってたことを、
母亡き今、実践している。
いろいろ理屈並べて当時はやらなかったことも、今はちゃんとやってる。
母は、
有名人でもなければ、
やり手でもなかったけれど、
母が残したものは大きい。
母が亡くなった後の年明け。
喪中はがきを出したら、
友達からいっぱいメールが来た。
友達から、母の思い出を聞いた。
なんと、誇らしきことか。
お母さん、ありがとうね。
あなたのおかげで、
お父さんも私も、
頑張れていますよ。