東北地方太平洋沖地震をうけて、今自分にできること ブログネタ:東北地方太平洋沖地震をうけて、今自分にできること 参加中



母が亡くなって以来、


毎日のように、



ある程度落ち着いてからは、


もろ毎日、



おとたまからメールが来る。




何をして、何を食べたか。



生きてる証として、メールが来る。




震災以来、


その語尾に、必ずのように、


「贅沢ですね」

「不謹慎ですね」


という言葉が付くようになった。



関西に住む父にとっては、


実感しがたい今回の地震。




だけど、




毎日ニュースで被災地の様子を見て、


自分が経験した阪神大震災を思い出し、


食欲がなくなったり、


何もする気が起きなかったりすると言う。




義援金したけど、


他に何もできることがないって。




70越えた爺さんが言う。




そんな父に私は言う。




お父さんが今やらなくちゃいけないのは、


お父さんの日常を一生懸命生きること。




そして、


関東でわやわやしながら、日常を取り戻そうとしてる、


親や兄弟、


そして、私の心の支えになること。




私たちの力は微力だ。



多少なりともの寄付はできるけど、


現地に赴いて何かするとか、


被災地の人の役に立ちたいとか、




思いはあっても、


実際に役に立てるかは、わからないのだ。



それには、それのプロがいる。




ならば私は、


目の前にあることをやるしかないのだ。



自分がいま、やらなければいけないことをやるのだ。




自分が生きるために、


自分の家族が生きていくために、


自分が愛する人のために、



目の前の



自分がやるべきことをやるのだ。




被災地の人たちは大変だ。


でも、代わってあげることはできない。




現場で、戦っている人たちは、大変だ。


でも、私が行っても、何もできない。




とても歯がゆいけれど、


それが現実。




ならば、




だから、




私にできる、ほんの小さなこと。




会社では、私は庶務。


ならば、会社の人たちが、できるだけ快適に仕事ができるように、


節電に努めながら、


その中でも、少しでも快適に仕事ができるように、


頑張る。




おとたまが、


関西大震災を思い出し、


今、被災して困っている人に共感し、へこんでいるなら、


おとたまを励まさなくちゃいけない。




水道水に不安があっても、


スーパーの飲料水が売り切れてたら、


わかんないけど、水道水でやるしかない。




スーパーが品薄だったら、


ある物で、生きるための食をゲットする。




何かに制限されるなら、


その中で、楽しみを見つけ出す。




私は、


ヒーローでも、ヒロインでも、


ましてや、スーパーマンじゃないから、




今までも、


日々を精いっぱい生きるだけの、


小さな存在だから、




小さな存在だけど、




小さな存在だから、




自分ができることは、精一杯しよう。




精一杯生きよう。




母が、


命がけで与えてくれた命。




精一杯、


全うしよう。