今でも、
どうしても、
思い出すんだ。
かかさまのこと。
最後に話した
電話
来月上京するから、
その時には、自由が丘ロールが食べたいって。
自由が丘で生まれ育ったかかさま。
食いしん坊さんだってだけじゃなくて、
その思いは、色々あったと思う。
ナボナが大好きだった。
これまた自由が丘の名物。
若い頃は、
倍賞千恵子に似てた。
何事にも一生懸命で、
すごく申し訳なさそうに生きてるくせに、
自分がしたくないことは、絶対しない人だった。
誰かの役に立つと思えば、
全速力で走れる人だった。
おとたまが、
6時起きでゴルフ行くと言えば、
5時に起きるような人だった。
うちは、
小さな古い借家だったけど、
かかさまが毎日磨いてたから、
いつもきれいだった。
夫婦2人の生活になっても、
毎日洗濯するような人だった。
流行りの料理できないよーって言いながら、
私の友達が集まると、
色々駆使して、料理並べてくれる人だった。
私の友達も、
父の部下も、
家族のように受け入れてくれる人だった。
そのくせ、
人付き合い苦手、だとか言って。
随分長く離れている私でさえ、
こんなにも思い出すかかさま。
さっきまで隣にいたのに、
今はいない。
かかさまと長年暮らした空間で、
急に一人になったおとたま。
その心を思うと、
とてもせつない。
自分が同じ立場になったら、って考えたら、
・・・・・・
考えたくない。
おとたま、頑張ってるなー。
ほんと、頑張ってる。
一時期、かかさまとよく話したんだ。
冗談まじりでね。
かかさま、おとたまよりも早く逝くなよ、って。
私、おとたまの世話する自信ないぞって。
晩年、
かかさま、仕事で忙しくって、
私が帰っても、
なかなか一緒に遊びに行ったりできなかった。
料理は、おとたま担当。
洗濯ものをしまったりも覚えて。
「もう、申し訳ないのよー」
って言ってる母に、
「おとたま、ぼけても困るから、料理させてやって」
なんて。
さすがに年とって、
今年からお仕事辞めたから、
今度帰ってきた時は、いっぱい遊ぼうね、
って言ってた矢先に、
かかさまは、ぽっくり逝った。
今思うと、
かかさまは、
私とおとたまに、
2人でいられる環境を作り、
おとたまに、
家事を教え、
二人で生きる術を与えてくれていたのだろうか、と思う。
かかさま、
それで、ええのん?
自由が丘ロールも食べんと。
ええのん?