今日は月曜日。

担当の昨日(一応曜日毎の担当制日記…)書きそびれたから今日かくね。


本当は
オヤジの生態とか
自然公園でみつけた不思議看板とか
他に書くつもりだったけど、
リーダーRYOの話に触発されたから、
引き続き命について話そうかな、と。



記憶は曖昧だけど、
私が中高生位の頃に、臓器提供カードが始まった。


私はそのカードに、
自分が脳死になったときはすべての臓器を提供します、
との意思表示を示した上で両親に保護者のサインを求めた。



親はサインをしなかった。

脳死の状態で、
意識が戻ることがなくても、
少しでも生きていて欲しい、という理由。



それから私は延命治療を全否定しなくなった。


生かされているのは、いやだ。

でも、
それでも
自らの意志だけで尊厳死を選択したら、

悲しむ人は必ずいる。



「生きている」だけでも、たくさんの人をしあわせにできてると思う。



もし、尊厳死を選択するなら、出来る限りみんなが笑顔で送り出せる状態がいいよね。


まとまらないから、
強引にまとめると、
生きている、こともアリではないかな、ってお話でした。