(昨夏の旅行記の続き)個人的に2023年のザルツブルク音楽祭でハイライトと思ったオペラ公演、マルティヌー/ギリシャの受難劇を観に行きました。マキシム・パスカル/ウィーン・フィルの演奏、演出は2019年のケルビーニ/メデアの演出が素晴らしかったサイモン・ストーンさんです!

 

 

 

SALZBURGER FESTSPIELE

Bohuslav Martinů

THE GREEK PASSION

(Felsenreitschule)

 

Conductor: Maxime Pascal

Director: Simon Stone

Sets: Lizzie Clachan

Costumes: Mel Page

Lighting: Nick Schlieper

Dramaturgy: Christian Arseni

 

Priest Grigoris: Gábor Bretz

Manolios: Sebastian Kohlhepp

Katerina: Sara Jakubiak

Yannakos: Charles Workman

Lenio: Christina Gansch

Andonis: Matteo Ivan Rašić

Michelis: Matthäus Schmidlechner

Kostandis: Alejandro Baliñas Vieites

Panait: Julian Hubbard

Nikolio: Aljoscha Lennert

An Old Woman: Helena Rasker

Patriarcheas: Luke Stoker

Ladas: Robert Dölle

Priest Fotis: Łukasz Goliński

An Old Man: Scott Wilde

Despinio: Teona Todua

 

Concert Association of the Vienna State Opera Chorus

Salzburger Festspiele und Theater Kinderchor

Vienna Philharmonic

 

 

 

(写真)開演前のフェルゼンライトシューレ

 

(写真)マルティヌー/ギリシャの受難劇のポスター。ご覧の通り、舞台には難民たちが大勢出てきます。

 

(写真)サーモンのカナッペ。サウンド・オブ・ミュージックの人形劇の終演後、オペラの開演まで時間がなかったので、フェルゼンライトシューレのバーコーナーで軽く腹ごなし。オペラに集中したいので、観る前はお酒は飲みません。

 

 

 

ボフスラフ・マルティヌー(1890-1959)はチェコ出身の作曲家ですが、パリやアメリカに住んでいた時期が長く、スメタナやドヴォルザークに比べると、民族的というよりは様々なジャンルの作風の作曲家です。

 

オペラの作曲家、というイメージも全くありませんでしたが、2023年のザルツブルク音楽祭のラインナップに載り、「マルティヌーのオペラが観れる!」と狂喜乱舞し、このオペラだけは絶対に観たい!と決心しました。結果、夏の旅行の滞在期間が長くなりました笑。

 

 

 

マルティヌー/ギリシャの受難劇のあらすじをごく簡単に。トルコ人に支配されながらも平和に暮らすギリシャ人の村が舞台です。キリスト、ペテロ、マグダラのマリアなど、翌年の復活祭の受難劇の役を村の人たちがもらいますが、そこに土地を追われたギリシャ人の難民たちが現れます。

 

受難劇の配役と難民たちへの実際の立ち振る舞いの2つの面から物語が進行し、最後は難民を助けるべく覚醒したキリスト役のマノリオスが、受難劇さながらに殺されてしまう、という悲しくも心を打つ物語です。

 

 

 

 

 

第1幕。冒頭のコラール風の主題をウィーン・フィルが何と晴々しく奏でることか!この主題の清々しい旋律だけも十分に惹かれますが、ウィーン・フィルの音色で聴くと、主題が登場する度に感動します。マキシム・パスカルさんの指揮も雰囲気があって見事でした。

 

グリゴリス司祭がまちの人たちに来年の復活祭受難劇の配役を伝えていきます。羊飼いのマノリオスがキリスト役を指名された場面のウィーン・フィルの響きがもう絶品!グリゴリス司祭は役柄のように立ち振る舞うようにと人びとに諭します。

 

 

そこに難民たちがなだれ込んできます。難民たちの合唱は大人数でとても迫力あり。受難劇でマグダラのマリア役を伝えられても、興味を示さなかったカテリナですが、難民たちが現れると率先して寄り添い、温かい上着を与えます。温かい気持ちになるシーン。

 

ここで難民たちの中の一人の女性が、飢えからくる衰弱により死んでしまいます…。グリゴリス司祭は一方的に「コレラだ」と断定して難民たちを退け、村人たちは恐れて散り散りに逃げて行きます…。

 

最後、何とか山麓の岩山に避難する難民たちが、救助用のオレンジのヤッケを次々と捨てていたのに、おおっ!と思いました。波乱の幕開けですが、この後の展開が楽しみです。

 

 

 

第2幕。まずはペテロ役をもらったヤナコスがロバに語りかけるシーン。舞台に登場した本物のロバがなかなか動かず、観客がどっと受けていました、笑。ロバさん、空気読んでますね!

 

難民たちは岩山に住まう家を作ろうとします。家族連れの多い難民の中、一人の老人が存在感。3回土地を追われた歴史を語ると、私が人柱になろうと自ら切り出し、基礎の穴の中に埋もれていきます…泣。

 

 

このシーンには本当に感動しました!最近、周りの人たちをディスってばかりの「老害」や「おじさん害」としか思えない人たちをよく見かけてうんざりしますが…、寛容と貢献の心を持った精神的に余裕のある歳の取り方って、本当にいいなと思います。

 

その老人の自己犠牲を目撃して、長老ラダスからそそのかされて難民から金品を得ようとしていたヤナコスは心を打たれ、難民たちのリーダーに懺悔します。ヤナコスの懺悔、立派な振る舞いもまた感動的でした。

 

 

こうして、避難者たちは一見、安住の地を得られたかに思えましたが、第2幕のラストでは村人たちの集団がやってきて、立ち退け!と蹴散らされてしまいます…。村人たちの群衆心理の恐ろしさを見ました。

 

 

 

第3幕。受難劇のキリスト役のこと、許嫁のレニオとの結婚を先延ばしにしたこと、そして難民たちのことで悩むマノリオス。そのシーンは巨大なキリストの偶像や十字架などが交錯する幻想的なシーン。サイモン・ストーンさんの巧みな演出に魅了されます。マノリオス役のSebastian Kohlheppさん、歌も演技も見事でした。

 

カテリナは子羊と子ヤギを避難者たちに与えて、心の充足を得ます。このオペラでは、受難劇でマグダラのマリア役のカテリナと、ペテロ役のヤナコスが良心を表しますが、それをSara JakubiakさんとCharles Workmanさんが良く演じていました。

 

 

いよいよキリストの心境に共鳴してきたのか、マノリオスは難民を助けようと説教をします。それに耳を傾ける人々はキリストの使徒と同じ人数で、カラフルな服装。その他の村人たちのモノトーンな服装と一線を画して印象的。

 

しかし、マノリオスを危険視する村人が出てきて、背景にはオレンジ色のペンキで大きく「避難者は去れ!」の言葉が描かれ、村は二分してしまったのでした…。

 

 

 

第4幕。ニコリオスと結婚することとしたレニオの結婚式、晴れ晴れしい場面。そこにグリゴリス司祭が入ってきて、マノリオスのことを非難して、幸せのシーンに思いっきり冷水を浴びせます。正に老害とはこのことですね…。

 

いよいよ救済者のオーラをまとったマノリオス。難民を擁護する演説をぶち、周りの村人たちを感動させます!しかし、受難劇のユダ役のパナイスたちに刺し殺されてしまうのでした…。こうして、この村で来年行われるはずだった受難劇は、別の形で実現したのでした。

 

 

そのマノリオスの遺体を労わるのは、カテリナとレニオ。マノリオスと精神的に結ばれたカテリナが愛情を持って看取るシーンは感動しました!そして、以前に婚約者だったレニオも駆け付け、カテリナとレニオが手を取り合う姿には大いに感動しました!まるでキリストを看取るマリアさまとマグダラのマリアのようです。

 

マノリオスが殺されてしまって、この村で生きていく希望がなくなってしまった難民たち。神への言葉を歌いながら、広~いフェルゼンライトシューレの舞台を去って行って幕となりました。悲しい物語ですが、なぜか清々しさすら感じる余韻が心地良い。

 

 

 

 

 

いや~、マルティヌー/ギリシャの受難劇、素晴らしい歌、素晴らしい演奏、素晴らしい演出と、揃いも揃った全くもって見事な公演でした!

 

 

マキシム・パスカル/ウィーン・フィルの演奏と実力派の歌手のみなさんもめちゃめちゃ素晴らしかったですが、非常に印象に残ったのはサイモン・ストーンさんの演出!

 

横に広いフェルゼンライトシューレの舞台を上手く使って、子供たちも含めた多くの人たちを効果的に動かし、物語の感動を高めていました。村の人たちの灰色のモノトーンと難民たちのカラフルな服装の対比だったり、シンプルにして効果的な舞台や衣裳にもセンスを感じました。

 

 

一つ、おおっ!と思ったのは、冒頭の花びら、オレンジのヤッケ、テントなどを、モップなどを持って舞台に開いた穴の下に片付けていく人たちが登場すること。

 

これは村の人たちが便利で清潔な生活を送れるのは、実はこうしたゴミなどを片付ける方々がいてのことを視覚化していたもの、と受け取りました。移民や他国からの労働者にも見えましたが、私たち日本人も他人事ではいられません。

 

 

 

シンプルで心を打つ快心の舞台!マルティヌー/ギリシャの受難劇は特に読み替えをしなくても十分に現代で上演する意義があり、心を打つ作品だということがよく分りました!

 

ゲネプロをご覧になられた中谷美紀さんが「今年のザルツブルク音楽祭にて、最も琴線に触れた」とインスタに書かれていて、同じ思いだったので、とても嬉しかったです。最高の舞台を実現していただいたザルツブルク音楽祭に感謝感謝です!!!

 

 

 

 

 

(写真)終演後の帰り道、ザルツァッハ川からのホーエンザルツブルク城塞の眺め。感動の後の夜風が気持ち良かったです!

 

(写真)ホテルに帰ってのクールダウンは前日に続いてシュティーグル。素晴らしかったザルツブルク滞在に敬意を表して。

 

 

 

さて、この日は、きよしこの夜礼拝堂 → サウンド・オブ・ミュージックの人形劇 → マルティヌー/ギリシャの受難劇という組み立てでした。

 

 

そのテーマはズバリ「キリスト教」。または「キリスト教を巡る3つの物語」。

 

 

オルガンが壊れてしまったため、クリスマスに用意した素朴な歌が世界的に有名になった、きよしこの夜礼拝堂。修道院には馴染めずにトラップ大佐のもとで人生が開けたマリアが、最後に修道院に助けられたサウンド・オブ・ミュージック。

 

そして、ギリシャ人の村を舞台に、実際にリアルなキリストの受難劇が展開されるマルティヌーのオペラ。前日の「ザルツブルク」をテーマとした旅の翌日に、「キリスト教」をテーマとした一日を堪能できて、良きザルツブルク滞在のフィニッシュとなりました!