(夏の旅行記の続き)モーツァルト・マチネを楽しんだ後は、ハウス・フュア・モーツァルトにオペラを観に行きました。チェチーリア・バルトリさん主演のグルック/オルフェオとエウリディーチェです!

 

 

Salzburger Festspiele 2023

Christoph Willibald Gluck

Orfeo ed Euridece

(Haus für Mozart)

 

Conductor: Gianluca Capuano

Director and Choreographer: Christof Loy

Sets :Johannes Leiacker

Costumes: Ursula Renzenbrink

Lighting: Olaf Winter

Dramaturgy: Klaus Bertisch

 

Orfeo: Cecilia Bartoli

Euridice: Mélissa Petit

Amore: Madison Nonoa

Dancers: Yannick Bosc, Clara Cozzolino, Gorka Culebras, Yuka Eda, Oskar Eon, Haizam Fathy, Mark-Krister Haav, Jarosław Kruczek, Pascu Ortí, Carla Pérez Mora, Sandra Pericou-Habaillou, Guillaume Rabain, Giulia Tornarolli, Nicky van Cleef

 

Il Canto di Orfeo

Les Musiciens du Prince - Monaco

 

 

(写真)本公演の会場ハウス・フュア・モーツァルト。開演前の様子。

 

 

 

 

 

この公演、実はチケットを取ろうかどうか迷った公演でした。チェチーリア・バルトリさんが聴けるのは大きな魅力ですが、オルフェオとエウリディーチェはもともとそんなに好みという訳でもないオペラ。さらには2021年の新国立劇場の公演を観たばかりだからです。勅使河原三郎さん演出・振付・美術・衣裳・照明による美しい舞台でしたね。

 

しかし、とある理由(後述)から、最終的にはチケットを取ることに決めました。そして実際に観てみた感想は…?

 

 

 

一言で表わすと、「非常に洗練された、意味深長な舞台」という感じの素晴らしい公演でした!

 

 

 

まずは(これは言わずもがなですが)チェチーリア・バルトリさんのオルフェオがとにかく素晴らしかった!バルトリさんはいつもながらの高速アジリタも駆使しながらの完璧な歌!神を呪う激情の歌の場面など最高でした!

 

その素晴らしいバルトリさんに一歩も引けを取らず、オルフェオに後ろを振り向かせてしまうだけの情熱と迫力の歌が見事だったのがエウリディーチェ役のメリッサ・プティさん。バルトリさんのザルツブルク音楽祭は「バルトリ一座」という感じの公演ですが、バルトリさんに加えて毎回素晴らしい歌手が集まるのはさすがです!

 

ジャンルカ・カプアーノさん指揮/レ・ミュジシャン・デュ・プランス=モナコも見事な演奏で、オルフェオとエウリディーチェという物語を活き活きと、かつ繊細なニュアンスで演奏していて、この作品の音楽を存分に堪能できました!

 

 

 

というように盤石の歌・音楽でしたが、その上で特筆すべきはクリストフ・ロイさん演出・振付によるダンサーと合唱。物語の進行とともに、様々な形で舞台に登場しては象徴的な踊りやポーズを取って物語のイメージを膨らませていきます。

 

 

(写真)本公演のワンシーン。このようにダンサーや合唱が象徴的な踊りやポーズを展開していきます。

※購入した公演パンフレットより

 

 

音楽の前から男女が意味ありげに登場して、途中、男女のカップルとなって踊りますが、時折1組だけ男性同士で踊るシーンがあったり、白と茶のシンプルな色合い、扉と階段のみのスタイリッシュな舞台の中で様々な展開を見せます。

 

抽象度合いが高かったので、それが何を示しているのか、正直よく分らない場面も多かったですが、非常に洗練されていて、これがオペラの場面場面によくフィットするんです!とても魅了されました。

 

 

 

そして、一番の驚きだったのがラスト。エウリディーチェを地上に導いていく途中、「私をもう愛していないの?」とすがりつくエウリディーチェに根負けして、オルフェオはエウリディーチャのことを振り返り、見てしまいます。

 

「振り返ってはいけない」というアモーレの禁を破ってしまったことから、エウリディーチャはそのまま死んでしまい、オルフェオは悲しみを湛えながら、一人静かに舞台を去っていったのでした。ラストで悲劇と無力感を伝える、ごくごく弱音の合唱とオケの終わりと余韻が素晴らしい…。

 

 

ん?あれっ?ええっ!?

 

エウリディーチェは生き返らないの???

 

 

はい、生き返りませんでした。このオルフェオとエウリディーチェにはハッピーエンドとそうでない両方のパターンがあることは私ももちろん知っていましたが、2021年の新国立劇場のオルフェオとエウリディーチェがハッピーエンドだったので、今回も愛の力で生き返るものとすっかり思い込んでいました。

 

なので、エウリディーチェが生き返らず、オルフェオがただ悲しみに暮れて去って行く結末はかなり衝撃でした!ええっ!?そうなの!?それで終わっちゃうんだ!

 

 

 

しかし、そうなると、一つ疑問が浮かんできます。ハッピーエンドのオルフェオとエウリディーチェは、オルフェオのエウリディーチェに対する強い愛を見て、愛の神がオルフェオに報いた、つまり、愛の力って偉大なんだという、素直に共感できるメッセージを受け取ることが出来ます。

 

一方、今回のハッピーエンドでないオルフェオとエウリディーチェにはどんなメッセージがあるのでしょうか?単なる不条理なのか?まさか「愛の神の言いつけはちゃんと守りましょう!」というメッセージではないですよね?それでは現代でこのオペラを上演する意義を感じさせません。

 

 

 

いろいろ考察したところ、(デリケートな内容なのでブログに具体に書くのは差し控えますが)性に関わる「とあること」について、洗練された形で伝えていた巧みな舞台だったと考えるに至りました。

 

 

そう考察した理由はいろいろありますが、1点だけ書くと、ヒントとなったのはダンサーたちの象徴的な踊り。私が最も印象に残ったのが、4~6人くらいの男性ダンサーが時おり見せていた、身体をかがませて何度も水を手ですくうようなポーズ。水を何度も何度も手ですくいますが、水は手からこぼれてしまい、決して水をすくうことができません。

 

 

(写真)その男性ダンサーたちによる水をすくうようなポーズの場面。何度も繰り返されていて、とても印象的でした。

 

 

私はこのシーンを見て、ギリシャ神話の「シーシュポスの岩」の逸話を思い浮かべました。神を欺いたシーシュポスは、タンタロス(奈落)に落とされ、巨大な岩を山頂まで上げる命を受けますが、岩は山頂の手前で転がり落ち、シーシュポスはこの苦行を永遠に続ける、という逸話です。

 

(帰国後に調べてみたら、壊れた壷で永遠に水を汲み続ける「ダナイデスの水汲み」という、よりダンサーのポーズに合った永遠の苦行もあるそうです。)

 

 

 

◯つまり、ダンサーたちの象徴的な踊りは、オルフェオとエウリディーチェは決して結ばれないことを暗示している。

 

◯そして、そのことを決めたのは、愛の神アモーレによる「決して振り向いてはいけない」という、愛する恋人同士にとって理不尽としか言い様のない制約。(さらには、このことを通じて神による無慈悲な仕打ちをも連想させます。)

 

◯そして、このようなことは舞台上の物語だけでなく、現代社会にも依然として存在している。

 

 

 

私は今回のザルツブルク音楽祭のオルフェオとエウリディーチェを観て、以上のような感想・考察を持ちました。ダンサーたちの水汲みのポーズ以外にも、そう考えたヒントはいくつかあります。果たしてクリストフ・ロイさんの演出・振付の趣旨はどんなものなのでしょうか?

 

(公演パンフレットに書いてあった演出・振付のクリストフ・ロイさんのインタビューを、後日ゆっくり読んでみようと思います。フランツの考察はきっと的外れなのでしょう…泣)

 

 

 

 

 

チェチーリア・バルトリさんが主演を務めたグルック/オルフェオとエウリディーチェの公演。解釈の難しい内容の公演でしたが、素晴らしい歌と音楽、洗練されていた踊りと演技の相まった素晴らしい舞台でした!

 

ということで、チケットを取ろうかどうか迷った公演でしたが、実際に公演を観て大正解!やはり、生の舞台は観てみるものですね~。

 

 

 

実は最終的にチケットを取る決め手となったのが、2019年にザルツブルク音楽祭で観たオッフェンバック/地獄のオルフェの公演なんです。バリー・コスキー演出、ウィーン・フィルがピットに入った、オッフェンバック生誕200周年の記念となる最高の公演でした。

 

(参考)2019.8.17 オッフェンバック/地獄のオルフェ(ザルツブルク音楽祭)

https://ameblo.jp/franz2013/entry-12538017491.html

 

 

ご存じの通り、地獄のオルフェ(天国と地獄)は、オルフェオとエウリディーチェのパロディで、夫婦や恋人の愛のことを全力で笑い飛ばす、風刺の効きまくったフレンチ・オペレッタの傑作です。

 

つまり、同じオルフェオとエウリディーチェの物語を扱った、愉快なオッフェンバック/地獄のオルフェと、シリアスなグルック/オルフェオとエウリディーチェの2つの公演を、同じザルツブルク音楽祭で観てみたかったんです!

 

 

 

しかも会場は両方ともハウス・フュア・モーツァルト。愛とユーモアを大事にしたモーツァルトの名前を冠した劇場です。両公演とも存分に楽しむことができて、良き思い出となりました!(続く)