みなさま、明けましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いします。

 

 

年末は12月31日まで目一杯仕事でしたが、おかげさまで、お正月はゆっくりでき、ピアノを存分に弾いて過ごしました。昨年からのアストル・ピアソラ/アディオス・ノニーノも弾きましたが、今年2022年のテーマ作曲家も3曲たっぷりさらいました。テーマ作曲家って誰?詳しくは月末予定のピアノ練習記事にて。

 

 

 

さて、昨年のまとめ記事で、お正月はドストエフスキー/白痴を読み返そうか?と書いていましたが、よくよく考えて、せっかく読むなら、お正月の3日間で読み切れる本の方がいいかな?と思い直しました。(白痴は上・下2巻なので3日間では難しい。)

 

そこで、久しぶりにレイモンド・チャンドラー「長いお別れ」を読み返しました。レイモンド・チャンドラー(1888-1959)は、アメリカのハードボイルドの作家。その代表作が「長いお別れ」です。

 

レイモンド・チャンドラーの大ファンである作家の村上春樹さんは、「これまでの人生で巡り会ったもっとも重要な本」として、フィッツジェラルド「グレート・ギャッツビー」、ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」とともに、このレイモンド・チャンドラー「長いお別れ」を挙げられています。つまりは名作中の名作です。

 

 

(写真)レイモンド・チャンドラー/長いお別れ(ハヤカワ文庫)

 

 

 

「長いお別れ」は、私立探偵のフィリップ・マーロウを主人公に、アメリカ西海岸を舞台として、マーロウが偶然出逢ったテリー・レノックスとの友情のシーンから始まり、レノックスの絡む殺人事件の行方を追って、物語が展開されます。

 

途中、ニューヨークの出版社のハワード・スペンサーからの不思議な依頼、警察やアングラな人々とのやりとりなど、次々と予期せぬ出来事が起きて、物語がリズミカルに展開していきます。文庫本で537ページの長編ですが、次はどんな展開になるんだろう?とワクワクしながら、一気に読むことのできる小説です。(元旦から読み始めて、1月2日午後には読み終わりました。)

 

ハードボイルド小説と称されていますが、推理小説のジャンルにも十分に該当しそう、さらには個人的には最高の文学作品と言えるように思います。マーロウの生き様や冷静で頭脳明晰で、時に皮肉も交えたセリフが、チャンドラー独特の味わいのある文章で綴られていて、極めて読み応えのある小説です。

 

 

 

ミステリーなので、ストーリーは読んでみてのお楽しみに。また、名作中の名作だけあって、沢山の方が感想記事を書いているので、私は特に印象に残ったシーンやマーロウの言葉を記すに留めたいと思います。

 

 

 

まずはフィリップ・マーロウが自宅で時を過ごすシーン。次のような描写が出てきます。チェスだったり、コーヒーだったり、ウイスキーだったり、朝食だったり、42歳にて独身のマーロウのこだわりが感じられる場面が沢山出てきますが、それをチャンドラーが見事に描いていて、とても味わい深いものがあります。

 

「静かな夜だった。家の中がいつもより空虚に感じられた。私はチェスの駒をならべて、スタイニッツを相手に“フレンチ防御戦法”を試してみた。彼は44手で私を負かしたが、私は彼に2度汗をかかせた。」

※スタイニッツは19世紀に活躍したチェスの世界チャンピオン

 

 

 

次に、金髪の美女で、殺人事件の鍵を握るアイリーン・ウェイドが初めて登場するシーン。マーロウは素晴らしい「夢の女」の登場に驚きますが、アイリーン・ウェイドはどんな金髪女性とも異なると、マーロウがありとあらゆる種類の金髪女性のことを挙げていく中の1つに、こんな表現が出てきます。私立探偵であるマーロウが人物や物事を非常によく観察していて、チャンドラーがそれを具体的に描写していることがよく分ります。

 

「命にはかかわらないがどうしても治らない貧血症のうすい、うすい金髪もいる。(中略)こういう女は音楽が好きで、ニュー・ヨーク・フィルハーモニックがヒンデミットを演奏しているとき、6人のコントラ・バスのうちの一人が4分の1拍子おくれたことを指摘してくれる。彼女のほかには、トスカニーニも指摘できるそうだ。」

 

 

 

後半には以下のようなマーロウの独白の言葉も出てきます。都会の一匹狼の私立探偵。不器用で、でも大切なものは何があっても譲らないというマーロウのことをよく表わす、あざやかな対比です。

 

「このまま邸を出て、事件から手を引こうかとも考えたが、そんなことはできるはずがなかった。そんなことができるくらいなら、私は生まれた町に住みついていて、雑貨屋ではたらき、店主の娘と結婚して、子供を5人つくり、日曜の朝には子供たちに漫画ページを読んできかせて、子供たちがいたずらをすると頭をひっぱたき、小遣をやりすぎるといって妻といい争い、ラジオやテレビのくだらないプログラムを見せるからだと妻を叱りつけているにちがいなかった。

 

金もたまっていたかもしれない。小さな町の小金持らしく、8室の家に住み、車庫には車が2台、日曜ごとにチキンを食べて、居間のテーブルの上には≪リーダーズ・ダイジェスト≫がのっかっていて、ポートランド・セメントの袋のような頭脳を持った人間になっていただろう。そんな生活はだれかにまかせよう。私はよごれた大都会の方が好きなのだ。」

 

 

 

億万長者のハーラン・ポッターがマーロウにお金についてを語るシーンもとても印象深い。大金持ちのハーラン・ポッターに以下のセリフを話させて、チャンドラーがその当時のアメリカ社会のことを批判しているだろうことが伺えます。

 

「われわれは社会の道徳と個人の道徳がいちじるしく崩れ去ったことを見てきている。人間の品質が低下しているのだ。」

 

「マス・プロの時代に品質は望めないし、もともと、望んではいない。品質を高めると永持ちするからなのだ。だから、型を変える。いままであった型をむりにすたらせようとする。商業戦術が生んだ詐欺だよ。」

 

「われわれは世界一ばんりっぱな包装箱をつくっているんだよ、マーロウ君。しかし、中に入っているものはほとんどすべてがらくただ。」

 

 

 

そして、「長いお別れ」には、とある人物による、非常に有名なセリフが出てきます。カクテルに詳しくない方も、もしかすると聞いたことがあるかも知れません。それは、

 

 

「ギムレットにはまだ早すぎるね」

 

 

この言葉!カクテルやお酒が大好きな私とって、とても親しみを覚えるセリフですが、さらには、その言葉が放たれるシーンには大いに痺れます!「長いお別れ」を読むのはこれで5~6回目なので、このシーンはもう何度も体感していますが、それでも今回もゾクゾクするような感動を覚えました!

 

 

(写真)お正月休みでバーがまだ開いてないので、ギムレットを自分で作ってみました、笑。ギムレットはジンとライム(ジュース)をシェークして作ります。ジンは自宅の冷凍庫に入れているボンベイ・サファイア、ライムはフレッシュライム、いつでもジントニックを飲めるよう、常備しているものです。フレッシュライムなので、砂糖を加えて味を整えます。シェーカーはありませんが、工夫してよく混ぜました。

 

全くの思い付き企画でしたが、意外といける!私はジンベースだと、より度数の高いマティーニを好んで飲みますが、ギムレットもいろいろなバーで飲んでみよう。

 

 

 

マーロウが謎めいた女性のリンダ・ローリングと初めて出逢う、ヴィクター(バー)のシーンも印象深いです。

 

「ギムレットのことですのよ」

「友だちに教わって、好きになったんです」

「イギリス人でしょう」

「なぜですか」

「ライム・ジュースですわ。コックが血をたらしたように見えるいやな色のアンチョヴィ・ソースをかけたお魚料理と同じようにイギリスの匂いがしますわ。」

 

ギムレットはイギリスの海軍の軍医だったギムレット卿が、海軍の艦内で将校がジンを飲み過ぎることを憂慮し、健康のためにライム・ジュースを混ぜて飲むことを提唱したのが起源とされています(別に、gimlet:錐(キリ)に由来する説もあり)。イギリスをイメージさせるカクテルを登場させて、その人物の背景を巧みに表わしています。

 

 

(ちなみに、イギリス海軍の過酷な船旅の様子は、ベンジャミン・ブリテンのオペラ「ビリー・バッド」の中でよく描かれていました。ジンはきっとそんな船乗りたちの過酷な日常の、大いなる慰めになっていたんですね。)

 

(参考)2019.4.29 ベンジャミン・ブリテン/ビリー・バッド(ロイヤル・オペラ)

https://ameblo.jp/franz2013/entry-12463203387.html

 

 

 

そして、最後の方で、マーロウとリンダ・ローリングがシャンパンを飲むシーン。2人のやりとりの一言一言が詩的で切なくてやるせなくて、とても印象的です。そのシーンのラスト、マーロウの独白は以下の通り。この決めの言葉も有名です。各章がこのような感じで終わるので、含蓄があり、読んだ後に余韻の残る小説です。

 

「こんなとき、フランス語にはいい言葉がある。フランス人はどんなことにもうまい言葉を持っていて、その言葉はいつも正しかった。

 

さよならをいうのはわずかのあいだ死ぬことだ。」

 

 

 

本の最後には、レイモンド・チャンドラーの英語を見事に翻訳されている清水俊二さん(映画評論家・アメリカ文学者)による、7ページに渡る「あとがきに代えて」がありますが、チャンドラー愛に溢れて、非常に読み応えがありました。清水俊二さんはチャンドラーの魅力について、以下のように語っています。

 

◯一歩まちがうと、きざでいや味になるところをがけっぷちで踏みとどまって、それが大きな魅力になっている文章のスタイル

 

◯アイルランドのクエーカー教徒の家に生れた母親の地をひくイギリスびいきの目で、1930年代から50年代にかけてのアメリカの風土、文化、社会を見つめ、その描写が味わいの濃い文明批評、社会批判になっているところ

 

清水俊二さんの訳された、チャンドラーの他の作品、「さらば愛しき女よ」「プレイバック」「湖中の女」「高い窓」も、また読み返したくなりました。

 

 

 

レイモンド・チャンドラー「長いお別れ」。新年始めから素晴らしい文学作品を読み返すことができ、最高のスタートとなりました!名作はいつ味わってもいいものだ。名作は揺るぎない。改めて実感しました。

 

とても読みやすく、また推理小説で先をどんどん読みたくなる作品なので、まだ読んだことのない方は、ご興味ありましたら、ぜひ試されてみてください!(特に、バーやカクテルを存分に楽しみたいと思っている20代・30代の若手の男性諸君。必読ですぞ!笑)

 

ギムレットだけでなく、文中にいろいろなお酒が出てくるので、今年も多くのお酒を楽しんでいこうと、改めて心に誓いました。コロナで大変な思いをされているレストランやバーに、少しでも助けになるよう、今年もどんどん飲みに食べに行こうと思います!

 

 

 

さて、今年はレイモンド・チャンドラー「長いお別れ」&ギムレットの記事からスタートしました。今年も記事の頻度は抑えめにしつつ、自分らしさのある、オリジナリティに溢れた記事を書いて行ければと思っています。

 

 

 

改めて、明けましておめでとうございます。今年がみなさまにとって、素晴らしい一年となることを心より祈っております。今年もどうぞよろしくお願いします!

 

 

 

 

 

(追伸)1月1日はウィーン・フィルのニューイヤーコンサートをテレビで楽しみました。特に、ワルツ「フェニックスの羽ばたき」「朝刊」「夜遊び好き」「千一夜物語」「天体の音楽」が良かったです。ウィーン・フィルの団長のダニエル・フロシャウアーさんが、お客さまの前で演奏できて本当に嬉しい、とおっしゃっていたのが強く印象に残りました。


ニューイヤーコンサートに合わせて、シャンパンのルイ・ロデレールを開けましたが、2013年に購入して長く寝かせておいたノン・ヴィンテージのルイ・ロデレール(ラベルから分るように、2代前のもの)が、円やかで熟成感や旨みがたっぷりで抜群でした!シャンパン・ポルカも演奏されて、雰囲気がより一層高まりました。