4連休は半分出勤だったので、代わりに平日にお休みをいただいて、マチネのMETライブビューイングを観て来ました。マスネ/タイスから始まり、アルバン・ベルク/ヴォツェックまで、計5公演楽しんできたMETライブビューイングのアンコール上映。ラストは大好きなボロディン/イーゴリ公です!

 

 

METライブビューイング(東劇)

ボロディン/イーゴリ公

 

指揮:ジャナンドレア・ノセダ

演出:ディミトリ・チェルニアコフ

 

イーゴリ公:イルダール・アブドラザコフ

ヤロスラーヴナ:オクサナ・ディーカ

ウラディーミル:セルゲイ・セミシュクール

ガリツキー公:ミハイル・ペトレンコ

コンチャーコヴナ:アニータ・ラチヴェリシュヴィリ

コンチャーク汗:ステファン・コツァン

 

 

(写真)METのボロディン/イーゴリ公の「ダッタン人の踊り」のシーン。ケシの花畑の中、イーゴリ公(中央の皮ジャン姿)の周りで、多くの人たちが喜びの踊りを踊る、極めて象徴的で印象的なシーン。

※METの公式動画より

 

 

 

ボロディン/イーゴリ公は過去に3回、オペラの実演を観ています。最も印象的だったのは、2008年のマリインスキー歌劇場の来日公演。ワレリー・ゲルギエフさんの盛り上げる指揮、素晴らしい歌手のみなさまに加え、有名な「ダッタン人の踊り」の場面で、ミハイル・フォーキン振付のバレエの迫力に度肝を抜かれた思い出があります。

 

 

今回のMETの公演は、ディミトリ・チェルニアコフさんによる、一味違った演出とのこと。指揮はマリインスキー歌劇場の首席客演指揮者も務められて、ロシアものもお手のもののジャナンドレア・ノセダさん。さらには私の大好きなイルダール・アブドラザコフさんがイーゴリ公を歌います。とても楽しみな公演です!

 

 

 

プロローグ。スクリーンに「英雄は戦争に出る、自己から逃避するために」の導入が入りました。舞台はイーゴリ公の治めるロシアはプティーヴル。何と、名曲である序曲なしで入りました。イーゴリ公がポロヴェッツ人討伐のために出征する出陣式で、日食が起きる不吉な予兆。

 

(ト書きにない)イーゴリ公に進言しようとして追い出されたのは、ロシアもののオペラによく出てくる白痴でしょうか?スクーラとエローシカのグドーク弾きの2人は遠征から逃げ出そう、というやりとりを展開。やる気のない2人に、オケがプップップッ~♪と合わせて可笑しい(笑)。

 

 

 

第1幕。この幕は、出征したイーゴリ公がポロヴェッツ人に敗れて捕虜となった後の展開が描かれますが、冒頭からの極めて充実の歌4連発(コンチャーコヴナ→ウラディーミル→イーゴリ公→コンチャーク汗)が非常に聴き応えがあり、それに引き続くダッタン人の踊り(正しくはポロヴェッツ人の踊り)のシーンで頂点を迎える、このオペラのハイライトの幕です。

 

しかし、今回の演出では、プロローグの後、戦いに敗れたロシアの人々の映像が入り、イーゴリ公が地面に倒れる映像も映し出されました。そして、舞台が開くと、そこは一面の赤いケシの花畑!何と12,500本もあるそうです!

 

その赤いケシの花畑で歌われるコンチャーコヴナとウラディーミルの歌は、アニータ・ラチヴェリシュヴィリさんとセルゲイ・セミシュクールさんによる官能的、そして期待感のある見事な歌!そして、コンチャーコヴナの歌から、ボロヴェッツ人の捕虜となったイーゴリ公がずっと舞台にいる形となります。どうやら、このシーンは、イーゴリ公の頭の中に描かれたシーンのようです。

 

(参考)ボロディン/イーゴリ公より、第1幕のコンチャーコヴナのカヴァティーナ。イーゴリ公の中でも特に好きな歌。半音階でエキゾチックな歌が本当に素晴らしい!ボロディンはこういう民族的な音楽を書いて天下一品だと思う。

https://www.youtube.com/watch?v=8B6TOFEL2ZM (5分)

※Ksenia Leonidovaさんの公式動画より

 

 

続くイーゴリ公の歌では、愛妻のヤロスラーヴナを想う希望の長調の歌の場面で、実際にヤロスラーヴナが登場!これは大いに感動しました!オヴルールが出てきてイーゴリ公に逃げることを進言しますが、私が白痴と勘違いした、プロローグで進言しようとした人でした。その後のコンチャーク汗の歌も見事!イルダール・アブドラザコフさんとステファン・コツァンさんの重低音のアリア2連発は聴き応え十分でした!

 

(参考)ボロディン/イーゴリ公より、第1幕のイーゴリ公のアリア。戦いに敗れた自責の念や自由への希求を歌う歌ですが、途中、愛妻ヤロスラーヴナを想う場面で長調になる(2:45~)ロマンティックな旋律が堪らなく好き!(この旋律は序曲でも印象的に出てきます。)

https://www.youtube.com/watch?v=Lrll3yD2GOw (7分)

※Andrey Annenkovさんの公式動画より

 

 

そしていよいよダッタン人の踊りのシーンに。ケシの花畑に、東洋人や黒人も含めた様々な人種、大人から子供まであらゆる人々が出てきました!まるで、ウエスト・サイド・ストーリーのサムウェアを思わせる素晴らしいバレエ!故郷を想う心、コンチャーク汗の寛大さへの賞賛。英雄が怪我をして捕らわれの身となり、後悔の念を持って希求する理想の世界。歌詞とバレエがシンクロして大いなる感動!

 

途中にはフォーキンへのオマージュのような振付まで入りました!捕虜になってしまい、うつむいたり険しい表情だったイーゴリ公も、バレエの人たちと同じように両手を広げて、笑顔になって、最後は花畑の中央で開放的にクルクル回って。極めて感動的なシーン!

 

 

またバレエがやってくれた!何という感動!イーゴリ公の内面に焦点を当てた、素晴らしいダッタン人の踊りのシーン!

 

 

(参考)ボロディン/イーゴリ公から「ダッタン人の踊り」。初めてご覧になられる方のために、フォーキン振付を基本としたオーソドックスなバレエのシーンをご紹介します。

https://www.youtube.com/watch?v=X7KYjn3bwAQ (11分)

※指揮者のStanislav Kochanovskyさんの公式動画より

 

 

 

幕間はイルダール・アブドラザコフさんのインタビュー。ロシアものは慎重に経験を積んできて、ホヴァンシチナに続いて、イーゴリ公が2作品目となり、いずれはボリス・ゴドゥノフを、という楽しみなお話でした。将来、新国立劇場でボリス・ゴドゥノフの公演がある際は、ぜひぜひお越しください!

 

続いて、ジャナンドレア・ノセダさんとディミトリ・チェルニアコフさんの対談。ノセダさんは「通常の公演だとイーゴリ公が途中で見えなくなってしまう」、チェルニアコフさんは「イーゴリ公をよくご覧になる方には興味深い演出だと思う」「ダッタン人の踊りの場面では理想郷を描きたかった」とおっしゃっていました。私がサムウェアに例えたのは、あながち的外れではなかったようですね。

 

 

 

第2幕。この幕は比較的オーソドックスに進みました。最初のヤロスラーヴナのアリアはオクサナ・ディーカさんの素晴らしい歌!イーゴリ公の留守をいいことに悪いことし放題のガリツキー公が、またガラの悪いこと!(笑) 酒場のシーンはグドーク弾きの2人が活躍。民衆を扇動してガリツキー公を支持するように働きかけます。

 

貴族たちがヤロスラーヴナにイーゴリ公が捕らわれたこと、プティーヴルに危機が迫っていることを伝えると、ヤロスラーヴナはうろたえますが、貴族たちが「城壁は堅固」と安心させる歌は、穏やかな長調が素敵なホッとする歌。また、ガリツキー公の不穏な動きもある中、貴族たちがイーゴリ公とヤロスラーヴナへの忠誠心を歌って極めて感動的!

 

そこにガリツキー公の一味が出て来て険悪になりますが、グザーク汗による敵襲があり、最後に何と騒乱の中、ト書きにはない、ガリツキー公が死ぬ演出が付きました!これは合唱により歌われる「神の怒り」の歌詞に沿った展開ですね。悪事を働くと、必ず天罰が起きる。思いっきり溜飲を下げました。

 

 

 

幕間はアニータ・ラチヴェリシュヴィリさんのインタビュー。「気の強い役が好き、私の中にある一面」「ノセダさんと共演できて最高の経験」とのお話でした。これは2014年時点の公演ですが、私は2018年末にMETでラチヴェリシュヴィリさんの(気の強い)見事なブイヨン公爵夫人をノセダさんの指揮で観ているので、そのことをニヤニヤ思い出しながら(笑)聞いていました。

 

(参考)2018.12.31 チレア/アドリアーナ・ルクヴルール(メトロポリタン歌劇場)

https://ameblo.jp/franz2013/entry-12442130970.html

 

 

 

第3幕。舞台は荒れ果てたプティーヴル。冒頭はヤロスラーヴナの悲壮感のある心を打つアリア。オクサナ・ディーカさんは芯のある悲しげな声色で、ヤロスラーヴナにピッタリでした。また、「イーゴリ公の傷を癒やしてあげよう」の歌詞が、第1幕でのイーゴリ公のアリアの場面で、登場した(イーゴリ公の空想の)ヤロスラーヴナがイーゴリ公の傷を洗うシーンを思い起こさせて感動的。

 

イーゴリ公が帰って来て、荒れ果てた祖国に愕然とします。そのまま、ウラディーミルとコンチャーコヴナの別れのシーンに。いよいよというところで照明が暗くなり、2人がグドーク弾きたちと入れ替わるあざやかな演出!

 

イーゴリ公が舞台にいるにも関わらず、グドーク弾きがイーゴリ公はロシア中の笑い者と歌い、打ちひしがれるイーゴリ公…。グドーク弾きはイーゴリ公に気付き、罰を恐れますが、「ロシアでは知恵とお酒があれば生きていける」と言って知恵を絞り、イーゴリ公帰還の早鐘を突いて、認められることを思い付きます。

 

早鐘は建物の廃墟の鉄骨をカンコン叩いていました。それを聞いて、民衆が出てきて、イーゴリ公の帰還を喜びます。そこで歌われるイーゴリ公の歌が素晴らしい!ロシアの諸侯たちに向かって、「私のようにならないで、お互いいがみ合っていないで、団結してロシアを守れ!」と渾身の力で歌います!アブドラザコフさんの心の底からの歌!

 

そしてグドーク弾きの偽りの弁明のシーンは、謙虚に自らの恥を語ったイーゴリ公と、嘘で取り繕うグドーク弾きのあざやかな対比!そして民衆からの支持を得て、民衆に担がれてクルクルと回されるイーゴリ公。第1幕でのダッタン人の踊りのシーンがシンクロして極めて感動的!

 

このシーンで終りかな?と思ったら、イーゴリ公は地上に降りて、地面に落ちている木の板を持ち出して、壁に立て掛ける演技が付きました?その行動に促されて、民衆もまちの瓦礫を片付け始めます。再び愛するプティーヴルを復興させよう、イーゴリ公自らが進んでそれを始めた感動のラスト!これはバーンスタイン/キャンディードのラストを思わせて、非常に感動的でした!

 

 

 

METライブビューイングのボロディン/イーゴリ公、非常に印象的な公演でした!何より、「イーゴリ公」というタイトルとオペラのストーリーが見事に噛み合った演出!そして第1幕のダッタン人の踊りのシーンで高まって終わり、だけでなく、第3幕にも大きなドラマを持ってきた卓越した演出!

 

このオペラの場合、寛大な心を持ってイーゴリ公やウラディーミルを扱うコンチャーク汗の存在感が強いので、オペラのタイトルはほとんど「コンチャーク汗」の方が相応しいのではないか?と思えてしまうくらいですが(笑)、今回の演出は「イーゴリ公」のタイトルにピッタリ。イーゴリ公の内面を見事に掘り下げ、さらにはリーダーとはどうあるべきか?普遍性ももたらした、卓越した演出でした!

 

そして、第1幕のダッタン人の踊りで頂点を迎え、ややもすれば、後は下がる一方のように感じてしまう嫌いのあるこのオペラの展開に、極めて有意義で意味深長な第3幕ラストを作って盛り上げた全く見事な演出!音楽的には通常と異なりいろいろ前後しますが、自然に流れて、相当研究された上でのラストの造作だと思いました。それを可能にしたのは、素晴らしい歌唱だけでなく、ヴェルディやロッシーニで鍛えられた卓越した演技力が光る、イルダール・アブドラザコフさんのイーゴリ公なのかも知れません。

 

ジャナンドレア・ノセダさんの指揮、イルダール・アブドラザコフさん以外の歌手陣も万全。バレエも本当に素晴らしかった!今年最後となるMETライブビューイングのアンコール上映。素晴らしいエンディングでした!

 

 

 

(写真)そしてロシアのオペラだったので、帰り道にウォッカベースのカクテルを軽く。今回の演出では、グドーク弾きたちが楽器とともに出てこなかったので、バラライカにしました。

 

少し早いですが、みなさま、今週もお疲れさまでした。良い週末を!