ということで、昨日1月26日(日)は群馬交響楽団を聴きに高崎まで行って来ましたが、コンサートだけでなく、もちろん観光もして来ました。

 

 

 

 

 

(写真)高崎駅に到着。上野三碑や高崎グルメの大きなボードが置かれていました。

 

 

 

まずは高崎城址を周りました。高崎城の由来の掲示には、以下の説明が。

 

 

◯高崎城は徳川四天王の一人である井伊直政によって築かれた。慶長3年(1598年)に所領であった西毛地方の中からこの地を選び、地名を和田から高崎と改め、城の名称も高崎城と名付けた。

◯地名については、竜広寺の白庵和尚が、「成功高大」の意味から高崎と名づけるように進言し、これが採用された。

◯井伊直政は2年後に佐和山城へ転封になってしまい、築城工事は中断されていたが、安藤重博が工事を再開し元禄5年(1692年)に完成した。

◯城郭は、烏川の深い淵と高い崖という天然の要害を背に、前面に開けた広大な平地を活用して縄張りが行われ、本丸、二ノ丸、三ノ丸を土居と堀で囲んだ輪郭梯格式の平城。

◯明治時代に入ると陸軍省の管轄となり、殆どの施設は取り壊されてしまいましたが、三ノ丸の土居と堀は、ほぼ昔のままの姿で残り、その他の遺構として乾櫓と御殿表御門(いずれも音楽センター東に復元移築)がある。

 

 

 

(写真)高崎城の乾櫓。実は一昨年に群馬交響楽団のエルガー/神の国を聴きに来たとき、群馬音楽センターからの帰りに見かけて、「これはいったい何だろう?」と思っていたので、謎が解けて感動でした!

 

 

 

 

(写真)城壁の跡やお堀もあります。お堀は本当に雰囲気があって、春は桜を楽しめそう。立派な松も。

 

 

 

 

(写真)土居に沿って日本庭園もありました。浜松の龍潭寺(NHK大河ドラマ「女城主 直虎」の南渓和尚のお寺)の庭の雰囲気に似ています。芭蕉の句碑もありました。

 

 

 

 

(写真)高崎城をイメージしたと思われる花壇。ヒヨドリが木の実を食べに来ていました。

 

 

 

 

(写真)そして、一作年にエルガー/神の国を聴いた群馬音楽センター。群馬交響楽団のコンサートは今は高崎芸術劇場で行われますが、この日は何かのイベントに使われていたようで、多くの学生さんたちが中に入って行きました。有名なチェロの形をした電話ボックス、中を覗いてみたら、物置きが譜面台になっていました!

 

 

 

 

 

(写真)お堀には沢山の鳥が。そして金色の大きな魚(鯉?)を発見!年末にハンブルクで念願のパウル・クレー/金色の魚を観てきたので、何だか嬉しい。3番目の写真は木の上で器用に寝ていたカモ。

 

 

 

とても雰囲気のあるエリアで、まち歩きが楽しい!そして周っていて思ったのが、学生さんたちがグループで歌ったり、踊ったりしていたのをよく見かけたこと。高崎はこういう活動がとても盛んなまち、という印象を持ちました。

 

 

 

さて、そろそろお昼にしましょう!お昼は「くろ松」という、高崎ラーメンを代表するお店に食べに行きました。開店30分前には並びましたが、もう10人もいた!そして開店前には30人くらいに!さすが人気店です。

 

 

 

(写真)(松)特級中華そば(白醤油)、うに醤油漬け卵黄ごはん。美しい盛り付け。麺もスープもしみじみ美味しい!卵かけご飯も絶品でした!

 

 

 

 

(写真)ランチの帰り道。お堀の鯉が沢山浮いていて、「冬なのに何で?」と思ったら、私に付いてきました。エサをくれると思ったようです(笑)。そして、さきほどのカモがまだ同じポーズで眠っていた件!(笑)

 

 

 

お腹も満たされたので、次に参りましょう。高崎タワー美術館に、日本の絵を観に行きました。

 

 

 

(写真)高崎タワー美術館

 

 

やっていたのは暁斎×暁翠展。幕末から昭和にかけて活躍した父娘の絵師の作品展です。それぞれ、以下の解説がありました。

 

 

(河鍋暁斎)

 

◯河鍋暁斎(1831-1889)は、幕末から明治維新、そして文明開化期という荒波のなか、生来のバイタリティと圧倒的な描写力で縦横無尽に作品を生み出し、国際的にも評価の高い絵師。

◯下総国古河(現・茨城県)に生まれ、幕末に風靡した浮世絵師・歌川国芳に学び、ついでに江戸幕府表絵師・駿河台狩野家で狩野派を修めた。

◯その作風はまさに縦横無尽、描けぬものはないと思わせる画力の高さを見せつける。

 

(河鍋暁翠)

 

◯河鍋暁翠(1868-1935)は、暁斎を父とし、幼少から絵の手ほどきを受け、女子美術学校(現・女子美術大学)の教師を務めるなど女性日本画家の先駆者。

◯父・暁斎に負けない画嚢の幅広さを持ちながら、柔和な品の良さを感じさせる作品が持ち味。

 

 

 

(写真)河鍋暁斎/美人観蛙戯図

※暁斎×暁翠展で購入した絵葉書より

 

これは、美人画と鳥獣戯画を組み合わせた新しい分野を開拓する絵です。蛙が相撲をとったり、煙管をくわえたり(笑)していますが、それを物憂げに見物する美人が印象的。その他、暁斎は以下の絵が印象に残りました。

 

◯沢山の鯉がダイナミックに泳ぐ絵や、鯉の滝登りの絵(中国・龍門の激しい流れを登った鯉が龍となる「登龍門」の故事)

◯天狗集会之図(書画会に集まる自身過剰の書家や画家、批評家たちを天狗に見立てた風刺画)

◯付喪神(百年を経て器物が魂を持ち妖怪となったもの)

 

 

 

(写真)河鍋暁翠/寛永時代美人図

 

暁翠の絵は、色あざやかなものが多いと思いました。この絵はそうした中での一枚。雛飾りが美しい絵や歌合わせを楽しむ女性たちの絵なども、とてもカラフルで美しい。その他、暁翠は以下の絵が印象に残りました。

 

◯紫式部と清少納言の絵

◯内裏雛が実は子持ちで、人間の美人を大いに驚かしている絵(笑)

 

 

いや~、暁斎&暁翠展、大いに楽しめました!普段日本の絵を観る機会はなかなかありませんが、日本の絵も非常に奥深い世界ですね。一昨年に金沢を旅行した時に、九谷焼に大いに魅了されましたが、和の世界も少しずつ広めていければと思っています。

 

 

 

 

 

(写真)たかさき絵本フェスティバルやチアリーディング大会もやっているようです。風情がありますが、イベントも盛んなまち。

 

 

 

そして、この後に群馬交響楽団のコンサートを聴きに行った訳です。

 

(参考)2020.1.26 飯守泰次郎/竹澤恭子/群響のブラームス/Vn協奏曲&交響曲第2番

https://ameblo.jp/franz2013/entry-12570166434.html

 

 

 

コンサートの終演後の夕ご飯も、ガッツリ高崎グルメを楽しもうと思っていましたが、残念ながら狙っていたお店が材料がなくなって、急きょ夜は営業しないことに…。

 

代替案も探しましたが、高崎ならではの評判のお店で日曜の夜にやっているお店がなかなか見つからず(そもそもお昼だけのお店が意外に多い)、明日からまた一週間始まることもあり、この日はこれにて高崎を失礼することにしました。また近く来る機会もあることでしょう!ただし、帰りの電車の中の楽しみが、笑。

 

 

 

(写真)さようなら高崎。またそのうち、おじゃまします!

 

 

(写真)夕ご飯は列車の中で。登利平の上州御用鳥めし松弁当と鳥の唐揚げとエビスビール。どれも堪えられない美味さ!