東京での今年初めての美術展、非常に楽しみにしていた、「北欧のフェルメール」とも呼ばれるハマスホイ展、さっそく初日に観に行きました。

 

 

まず入ると、以下の言葉が壁に書かれていました。

 

 

ハマスホイは急いで語らなければならないような芸術家ではありません。彼は時間をかけてゆっくりと仕事をしています。その仕事をどの時点で捉えてみても、常にそれは芸術の重要で本質的な事柄についての話とならざるを得ないでしょう。

(1905年11月10日付、ライナー・マリア・リルケからアルフレズ・ブラムスンへの書簡より)

 

 

詩人のリルケの言葉です。素敵な導入に、否が応でも期待が高まります。そしてハマスホイのコーナーには以下の解説が。(一部、要約)

 

 

ヴィルヘルム・ハマスホイ(1864-1916)はデンマークの首都コペンハーゲンで活動した、「室内画の画家」「都市の画家」「首都の画家」の3つの側面を持つ画家。やがて1890年代半ば頃から、室内画は徐々に創作活動の主要な地位を占めるようになり、1898年に移り住んだストランゲーゼ30番地のアパートを描いた一連の作品によって、独特の表現と、国内外からの名声を獲得する。

 

ハマスホイが描く、洗練された美的空間は、首都から消えていく古い文化の残影のように、近代の都市生活者に特有の郷愁と、ある種の諦念を誘う、静謐な空気を漂わせている。

 

 

後段の文章自体がとても詩的で、見事な解説ですが、その静謐な空気を漂わせている絵画の数々、素晴らしいものばかりでした!特に印象に残った絵は以下の通りです。

 

 

 

 

(写真)ヴィルヘルム・ハマスホイ/背を向けた若い女性のいる室内

※ハマスホイ展で購入した絵葉書より

 

まずはハマスホイの代表作の一つ。見事なまでのバランス、非常に精緻で美しい絵に、思わず吸い込まれそうになります。女性(イーダ:ハマスホイの愛妻でモデル)がやや体を捻っているのが印象的でアクセントになっています。

 

白地に青のパンチボウルと銀色のトレイは、何と実物も展示されていました!しかも、絵とパンチボウルとトレイが同じ空間に集うのは、ハマスホイがこの絵を描いたとき以来とのこと!東京都美術館、やりますね!

 

 

 

 

(写真)ヴィルヘルム・ハマスホイ/ピアノを弾く妻イーダのいる室内

 

続いては先ほどの絵の隣に展示されていたこちらの絵。これはイーダがピアノを弾いている絵なのに、ピアノの音が聴こえてこないような、非常に静謐さを感じる絵です。ピアノと静けさの不思議な共存。独特の世界に感動を覚えます。

 

先ほどの絵に出てきた銀色のトレイも見えます。先ほどの絵の続きを思わせますが、するとイーダがやや体を捻っていたのは、きっと楽譜を見ていたからでしょう。パーティの準備の途中で楽譜を見つけて、思わず弾いてみた、そんな光景が浮かびます。(愛妻がピアノを弾く、というシチュエーションがまた素敵)

 

以上の2つの絵はそれぞれ、1903-04年と1910年作の絵、描かれた時期も場所も異なります。しかし、時間と空間を超えた繋がりとストーリー性を感じます。これらを隣同士にして、とても秀逸な絵の配置だと思いました。

 

 

 

ということでハマスホイらしい室内の絵2点からまずご紹介しましたが、このハマスホイ展の冒頭では、以下の絵が単独で展示されていました。

 

 

 

 

(写真)ヴィルヘルム・ハマスホイ/画家と妻の肖像、パリ

 

解説には「1891年、ハマスホイは画家仲間のピーダ・イルステズの妹イーダと結婚。この絵は新婚旅行先のパリで描かれたもの。以降、室内画を彩る女性像として、イーダはハマスホイの作品に欠かせないモデルとなる。夫と妻であり、画家とモデルでもある二人。 」とありました。

 

独特な雰囲気を持つハマスホイの室内画ですが、出てくる女性(イーダ)には、常に愛情の眼差しが注がれている、と感じました。まずこの二人の素敵な絵を冒頭に持ってくる、東京都美術館のセンスが本当に好き!

 

 

 

 

(写真)ヴィルヘルム・ハマスホイ/画家の妻のいる室内、ストランゲーゼ30番地

 

これはイーダが本を読んでいる、日常の光景を切り取った絵です。ハマスホイが「北欧のフェルメール」と言われているのを大いに実感できる絵。私は同じ北欧ということもあり、アイノラで寛ぐシベリウスと愛妻アイノのことを連想しました。

 

 

 

 

(写真)ヴィルヘルム・ハマスホイ/イーダ・ハマスホイの肖像

 

愛妻イーダ38歳の時の肖像画です。これは大いなる感動を覚えた絵でした!というのも、以下の解説が付いていたからです。素晴らしい解説で、絵を間近で観て、本当にその通りなのではと思いました。

 

「イーダは前年(1906年)の5月に手術を受けており、およそひと月半の間、病院のベッドに横になっていた。ハマスホイは目の下に隈ができ、額には血管が浮き出た妻の容貌をありのままに描いた。病の痕跡を敢えて残すことによって、画家は生死の境を乗り越えた妻への感謝と愛情を表したかったのかもしれない。」

 

 

 

 

(写真)ヴィルヘルム・ハマスホイ/聖ペテロ聖堂

 

ハマスホイは風景画も描いています。独特な筆致で、霧に包まれているように見える絵。幽玄な雰囲気を感じます。室内画で有名なハマスホイですが、風景画も本当に素晴らしい!

 

 

 

(写真)ヴィルヘルム・ハマスホイ/農場の屋根、レスネス

 

この風景画も間近で目にして、瞬間に魅了されました。解説には「透明感のある明るい光に照らされた農場の屋根は、まるで光のみがそこの住人であるかのような、どこか非現実的な雰囲気を漂わせている。」とありました。

 

まさにその通りで、どことなくジョルジョ・デ・キリコの形而上絵画を思わせるものを感じました。

 

 

 

 

(写真)ヴィルヘルム・ハマスホイ/カード・テーブルと鉢植えのある室内、ブレズゲーゼ25番地

 

最後にこちらの絵を。ハマスホイ後期の室内画の中で、最も完成度の高い作品の一つだそうです。ハマスホイは室内画、中でも人のいない室内画で有名ですが、この絵のコーナーの前には、以下の導入の言葉がありました。

 

 

私はかねてより、古い部屋には、たとえそこに誰もいなかったとしても、独特の美しさがあると思っています。あるいは、まさに誰もいないときこそ、それは美しいのかもしれません。

(1907年、ヴィルヘルム・ハマスホイ)

 

 

この言葉を噛み締めながら、ハマスホイのそうした絵を観ましたが、私はハマスホイの人のいない室内画には静謐さはあるものの、冷たさは全く感じない、と思いました。人がいない方がいい、というような無機質な美学ではないと。

 

そうではなくて、歴史を感じさせる室内や家具には、そこに以前に住んでいた家族や恋人たち、人の温もりが静かに漂っている。何かが残っている。だからこそ歴史を積んだ室内や家具には美しさが宿る。ノスタルジックな想いになれる。ハマスホイの静謐な絵を観ながら、そんな印象を持ったしだいです。

 

 

 

ハマスホイ展、もともと大いに期待していましたが、予想をはるかに上回る素晴らしさ、もう圧巻でした!!!以上にご紹介したハマスホイの絵画以外にも、デンマークの画家たちの魅力的な室内画(特に、少女がちょこんと椅子に座ってピアノを弾いている絵や、クリスマスツリーを囲んで大勢の子供たちが楽しんでいる絵)や風景画の数々に魅了されっぱなしでした!

 

比較的ゆったり間をおいて展示している絵の配置。そして、解説を付けている絵を少なめにして、来場者の感性やイマジネーションに委ねている点にも唸りました。正に「珠玉の」美術展です。

 

図録も購入したので、ゆっくり読んでから、ぜひともリピートしたいと思います!今回ご紹介した絵以外にも、ハマスホイ以外の画家の素晴らしい作品が沢山あって、それらの感想も既にまとめていますが、ブログへのアップは再度観に行った時にと思います。

 

 

 

私の好みもあるかもしれませんが、おそらく、今年の東京の美術展のハイライト!と言い切れる最高の絵の数々!落ち着いて鑑賞した方が、絵の静謐な世界にたっぷり浸れるので、混んでいないタイミングを狙って観に行かれることを強くお勧めします。3月26日(木)まで、上野の東京都美術館にて。お早めに!