METのライブビューイングで、今年が生誕200周年となるグノーの代表作、ファウストの上演があったので、観に行きました。

 

 

METライブビューイング(東劇)

グノー/ファウスト

 

指揮:ヤニック・ネゼ=セガン

演出:デス・マッカナフ

 

ファウスト:ヨナス・カウフマン

メフィストフェレス:ルネ・パーペ

マルグリット:マリーナ・ププラフスカヤ

ヴァレンティン:ラッセル・ブローン

シーベル:ミシェル・ロズィエ

 

 

今年はシャルル・グノーの生誕200周年。にも関わらず、国内でオペラの公演がないのは寂しい限り。ということで、8月始めにも、ロメオとジュリエットを観に行きました。そして今日は代表作のファウスト。これまで実演を一度だけ観たことがありますが、今日はMETの舞台、とても楽しみです。

 

(参考)2018.8.4 グノー/ロメオとジュリエット(METライブビューイング)

https://ameblo.jp/franz2013/entry-12395649978.html

 

 

まずはMETライブビューイングのお楽しみの歌手による案内。今日はMETを代表するメゾ・ソプラノ、ジョイス・ディドナートさんの案内です!何とこのファウストは1883年のMETのこけら落としの演目とのこと!

 

華やかなディドナートさんですが、他の歌手の方々とのやりとりを聞いていると、この方は非常に頭がいい、という印象でした。クリアな英語を聞いているだけで心地良くなります。まだ実演を聴いたことありませんが、今日のこの案内だけでファンになりそう(笑)。

 

 

第1幕。序曲。背景には広島の原爆ドームのような建物。黒い影が差し、逃げる人々。それを見て立ち尽くす老ファウスト。つまりは原子力に携わった科学者が、その悪用された現実に驚き茫然としているシーンです。

 

何もかも嫌になるファウスト。「呪われろ学門」のセリフまで。そこに悪魔のメフィストフェレスが登場。ファウストは金も名誉も要らないので、ただ若さがほしい、と懇願。最後の2重唱は聴き応え十分でした。

 

 

第2幕は酒場。私、オッフェンバック/ホフマン物語のプロローグの酒場のシーンは冗長で苦手ですが、ファウストのこの場面は好き。ヴァレンティンの魅力的なアリア「出征を前に」。ラッセル・ブローンさんの真摯な歌に感動!

 

メフィストフェレスが「金の仔牛の歌」。ルネ・パーペさん、さすが貫禄の歌!周囲の人たちを操ります。ただ、水がワインになる魔術を見せるシーンは、意外に簡単そうなカラクリかも(笑)。

 

魔術で剣を折られたヴァレンティンが、マルグリットからもらった十字架をメフィストフェレスに突き出して歌う歌!聖なる力を大いに感じ、グノーの音楽に感動!またそれに体をガクガクさせてたじろくメフィストフェレスの演技がいい!パーペさん、その後、再び踊りになるシーンでは、踊りのジャンプの演技も見事。悪魔を好演していました。

 

 

幕間の歌手インタビュー。ヨナス・カウフマンさんは、ドイツ人なので、ファウストは子供の頃から読んでおり、それを演技に活かしている、とのことでした。

 

演出家のデス・マッカナフさん。ミュージカル畑の方で、ジャージー・ボーイズの演出でトニー賞を取られているそうです。今回の演出は、長崎を訪問して科学者を辞めた女性科学者の話にインスピレーションを得て、考えたとのこと。ディドナートさんの「ミュージカルとオペラで演出の仕方は変わりますか?」の問いに、「人間の感情を語ることに変わりはない」と、はっきり語られていたのが印象的でした。

 

マリーナ・ポプラフスカヤさんはこの後、難しい「宝石の歌」を歌う前のタイミングでのインタビュー。難しい?と聞かれて、「演技の裁縫の方が難しい」と自信のご発言でした。

 

 

第3幕。ミシェル・ロズィエさんのマルグリットを想うシーベル(ズボン役)の歌がとてもいい。メフィストフェレスの呪いで枯れた花を、聖水で元に戻すところがあざやか。ファウストのアリア「清き住家」。カウフマンさんの立派な歌でした。

 

マルグリットの「トゥーレの王」の歌、そして「宝石の歌」。ポプラフスカヤさん、見事に決めていました。迫るファウスト、逡巡するマルグリットの2重唱の後、メフィストフェレスにそそのかされて結ばれる2人。高笑いのメフィストフェレス。

 

そこに最後不気味なガイコツが登場して、メフィストフェレスが神妙な顔をして幕。遊んでいないで、早く仕事をしろ、という意味でしょうか?意味深なエンディングでした。

 

 

2回目の休憩中に、次回作「エンチャンテッド・アイランド 魔法の島」の宣伝。キャストの一人としてダニエル・ドゥ・ニースさんが出てきました!相変わらずのエキゾチックな美しさですが、しゃべるとめっちゃ陽気な感じ(笑)。

 

最後に指揮者のヤニック・ネゼ=セガンさんへのインタビュー。オペラはみんなで作って行くんだとキッパリ。この方はまだ聴いていませんが、今後聴く機会が本当に楽しみです。

 

 

第4幕。お腹に子供を宿したのに、ファウストが来なくなってしまったと、マルグリットの悲しみの歌…。続いて兵士たちの帰還の場面。勇ましい歌で盛り上がる場面ですが、帰還したヴァレンティンが一人の母親にヘルメットを渡し、母親が涙にくれるシーン(つまり戦死した息子のヘルメット)が入りました。

 

その他にも、息子を探す母親が兵士たちの記念撮影で邪険にどかされるシーンや、記念撮影でフラッシュが焚かれたら、帰還兵が苦しみ始めるシーン(戦争によるPTSD)など、勇ましい歌詞とは裏腹に、戦争の負の面を描いていた演出でした。

 

ファウストとの剣の戦いで敗れたヴァレンティンは、死に際にマルグリットに呪いの言葉を何度も吐きます…。そしてマルグリットが教会で祈る場面。メフィストが地獄へ落ちろとそそのかすも、キリストを称える合唱に救われます。ここでのマルグリット渾身の歌は極めて感動的!最後のシーンはショッキングなので書くのは控えます…。

 

 

第5幕。ワルプルギスの夜の場面は、何と舞台の真ん中に原爆そのものがドンと置かれ、それに取り憑かれた科学者のような人たちがうごめく、かなり踏み込んだ演出!

 

そしてファウストとおかしくなってしまったマルグリットのやりとりの後、天使の「救われた」の合唱。そして、マルグリットはラストで、舞台奥の四面の階段を登って行って終わりました。???これはいったい?

 

これはおそらく、演出のマッカナフさんの語っていた、長崎を訪れて科学者を辞めたという女性科学者の話を視覚化したラストだと思いました。舞台両脇から白衣姿の良心を持った科学者たちが晴れやかな合唱を歌う中、マルグリットが過ちを許され解放され、新しい人生を歩んでいく。印象的なラストでした!

 

 

 

カーテンコールでは、歌手たちは盛大な拍手に迎えられましたが、演出のマッカナフさんが出てくると、かなりのブーイングも飛んでいました。METでは珍しい現代的な演出、ということもありますが、アメリカでは、戦争を早く終わらせたとして、原爆に対して肯定的な意見を持つ人もいるそうなので(日本人としては断じて受け入れがたいですが)、きっと今回の否定的な演出に拒否反応を起こしたのでしょう。

 

だからこそ、リスクがある中で、勇気を持ってこの演出を敢行したデス・マッカナフさん、そしてMETには大いなる敬意を表したいと思います。

 

 

ということで、シャルル・グノーの生誕200周年に代表作のファウストを観ることができ、とても感慨深い機会となりました!

 

 

 

(写真)お約束ですが、冬の旅行のライプツィヒで立ち寄ったファウストの酒場の場面の舞台、アウアーバッハス・ケラー。お店の表にはファウストとメフィストフェレスの像があり、天井や壁にもファウストのさまざまな場面の壁画があります。