藝大フィルの素晴らしいコダーイを聴いた後、ダブルヘッダーとなりますが、上野から渋谷に急ぎ移動して、下野竜也さんが客演するN響定期を聴きに行きました。モーツァルトとベルクの組み合わせの妙のプログラム、そして何と言っても、モイツァ・エルトマンさんのルルが楽しみです!

 

 

NHK交響楽団第1867回定期演奏会Apro.

(NHKホール)

 

指揮:下野竜也

ヴァイオリン:クララ・ジュミ・カン

ソプラノ:モイツァ・エルトマン

 

モーツァルト/歌劇「イドメネオ」序曲

ベルク/ヴァイオリン協奏曲 「ある天使の思い出のために」

モーツァルト/歌劇「皇帝ティトゥスの慈悲」序曲

ベルク/「ルル」組曲

 

 

1曲目はイドネメオ序曲。とても勢いの良い演奏、楽しめました。これ聴くと、この流れで、第2幕のイーリアのアリアとか聴きたくなりますね。そして、ラストの圧巻のエレットラのアリアも(笑)。新国立劇場の2006年のイドメネオでは、エミリー・マギーさんのエレットラが迫力の歌の後、他の出演者をなぎ倒さんばかりに怒りをぶつけて退場していたのが、非常に印象に残っています。

 

2曲目はベルクのヴァイオリン協奏曲。無調の曲ですが、その難解な音楽の奥に濃厚なロマンティシズムを感じ、個人的にヴァイオリン協奏曲の中で最も好きな曲です。しかし、クララ・ジュミ・カンさんのヴァイオリンを含め、演奏自体はそれなりに良かったと思いましたが、あまり心に響いてきませんでした…。何となく、大きなNHKホールでこの曲を聴くと、いつも同じような印象を持つようにも思います。サントリーホール、あるいは紀尾井ホール辺りで聴いてみたい曲です。

 

 

後半1曲目はモーツァルトの皇帝ティトゥスの慈悲の序曲。8月にザルツブルク音楽祭でオペラを観てきたばかりです。テオドール・クレンツィス指揮/ムジカエテルナの刺激的な演奏に比べると、表現は穏当ですが、堂々とした立派な演奏でした。

 

最後はベルクのルル組曲。こちらも奇しくもザルツブルク音楽祭で最高のヴォツェックを観てきたばかり。同じベルクの音楽を比較して楽しめるいい機会です。

 

(参考)2017.8.17 アルバン・ベルク/ヴォツェック(ザルツブルク音楽祭)

歌はモイツァ・エルトマンさん。エルトマンさんは2014年のザルツブルク音楽祭のR.シュトラウス/ばらの騎士の可憐な、でも芯の強い、素敵なゾフィーを聴きました。おそらく現代最高のゾフィー、どころか、もはやエルトマンさん以外のゾフィーは考えられないくらいに素晴らしかった思い出があります。

 

(参考)2014.8.17 R.シュトラウス/ばらの騎士(ザルツブルク音楽祭)

その可憐なエルトマンさんが、ゾフィーとは全く正反対のルルを歌う、というのは、何か見てはいけないような気すらしますが…、ここはエルトマンさんがどのように歌うのか、拝聴させていただきましょう。

 

第1曲ロンド。まずヴィブラフォーンとサックスが印象的。ベルクの音楽にたっぷりひたれる何とも心地良い時間です。ヴァイオリンのピィツィカートとピアノが絡み合うところなど表現豊か。ピアノ、途中で結構活躍します。ヴァイオリンのグリッサンドも素晴らしい効果。最後はダーダーダダー♪の虚無感の音楽。第2曲オスティナート。ここは何かが駆け巡る非常に慌ただしい音楽です。

 

第3曲ルルの歌。モイツァ・エルトマンさん、相変わらず綺麗な歌声。オペラでなくコンサートということもあり、ファム・ファタールというよりはミステリアスといった印象でした。可憐なゾフィーの時に比べると、NHKホールということもあってか、より豊かに響かせて声を出していたように思いました。お姿を久しぶりに拝見しましたが、綺麗なブロンドに白系のドレスが映えて本当に美しく、立ち姿は神々しいくらい。いつかエルトマンさんのルルをオペラで観てみたいものです。なお、第3曲、冒頭と最後のヴィブラフォーンもいい味出していました。

 

第4曲変奏曲。私このルル組曲の中で一番好きな曲です。ワクワク感のある明るい色調の音楽。弦がひきずる音楽が何度かでてきますが、下野さん、ひきずり具合を強調していました。木管群による手回しオルガンの音がいい味出していますが、すぐにまた無調の音楽の波に飲まれてしまいます。

 

第5曲アダージョ。弦によるルルの基本形ともいうべき音楽が続きます。下野さんは途中、弦の刻みを強調、そしてルルが死ぬ場面の戦慄の音楽!最後にゲシュヴィッツ伯爵令嬢の歌を歌うエルトマンさん、少し声色変えていたような印象を持ちました。

 

 

いや~、下野さんの丁寧で見通しの良い指揮、エルトマンさんの魅力的な歌もあって、とても素敵なルル組曲でした!比較的近い時期にヴォツェックとルルを聴いたので、同じベルクの曲ではありますが、その違いを十分に実感できました。簡単に言うと同じ無調の曲ですが、具象と抽象の違い。カンディンスキーの絵がだんだん抽象に進んでいく過程の中で、まだ具象の絵をそこそこ残しているのがヴォツェック、かなり抽象に近いのがルル、こんな印象を持ちました。そして完全に抽象なのがウェーベルンでしょうか?ルルは今回は組曲を聴きましたが、改めて、オペラの方も聴き返してみたいと思います。

 

 

そして、聴き終わって思ったのが、前半と後半を同じモーツァルト→ベルクとした構成。ベルクのヴァイオリン協奏曲は「ある天使の思い出のために」という標題。18歳で惜しくも亡くなった、アルマ・マーラー(ご存じグスタフ・マーラーの妻)と2人目の夫ワルター・グロピウス(建築家でバウハウスの創立者)の娘マノンを偲ぶ曲。そして後半のルルはファム・ファタールで、正に好対照の女性像を描いた2作品で、女性の成長をも感じさせる流れです。

 

それをモーツァルトの作曲の成長を思わせる中期と最晩年のオペラの序曲と組み合わせて、見事に対比させた、組み合わせの妙を感じさせるプログラムでした!物語性のある曲の前に期待感を高める序曲を配置するのも粋な試み。しかも、モーツァルトとベルクは音楽の様式は違いこそすれ、どちらもウィーン(オーストリア)で磨かれた音楽です。下野さん、さすが!やりますね!その前半と後半のコンセプトの両方を併せ持つような、可憐なモイツァ・エルトマンさんのルルの配役も全くお見事。素晴らしいコンサートでした!

 
 
 

(写真)この夏のザルツブルク音楽祭で、演劇で上演されたルルのポスター。オペラと演劇ではありますが、同じフランク・ヴェーデキントの戯曲によるヴォツェックとルルをセットで上演する、こういうザルツブルク音楽祭の粋なところが好きです。