この日は今回のバイロイト音楽祭の観劇の最終日、トリスタンとイゾルデを観ました。指揮・演出・歌手は以下の通りです。

 

 

BAYREUTHER FESTSPIELE 2017

TRISTAN UND ISOLDE

 

Musikalische Leitung: Christian Thielemann

Inszenierung: Katharina Wagner

 

Tristan: Stephen Gould

Marke: René Pape

Isolde: Petra Lang

Kurwenal: Iain Paterson

Melot: Raimund Nolte

Brangäne: Christa Mayer

Ein Hirt: Tansel Akzeybek

Ein Steuermann: Kay Stiefermann

Junger Seemann: Tansel Akzeybek

 

Das Festspielorchester

Der Festspielchor

 

 

またまた感想が長くなるのでまとめると、指揮・オケ・歌手はとても良かったものの、演出が今ひとつ昇華し切れなくて、パルジファルやニュルンベルクのマイスタージンガーのような突き抜けた感動にまでは至りませんでした。しかし、何と言ってもクリスティアン・ティーレマンさんのうねるような緩急自在の指揮が素晴らしく、歌手もトリスタンのステファン・グールトさん、イゾルデのペトラ・ラングさん(この2人、奇しくも10月の神々の黄昏でもジークフリートとブリュンヒルデを歌います。新国立劇場には最高のワーグナー歌いが客演しているのです。)、マルケ王のルネ・パーペさん、ブランゲーネのクリスタ・マイヤーさんを始め、みな素晴らしかったです! 各幕の感想は以下の通りです。(またしても長文ごめんなさいです。)

 

 

 

第1幕。前奏曲、ティーレマンさんは冒頭非常に繊細な入り、案外速いテンポで進めますが、意外なところでタメたり、自由自在の指揮、大きなうねりを作ります。幕が開くと迷路のような階段の舞台。映画「薔薇の名前」の迷宮の図書館のシーンを思い出しました。トリスタンとイゾルデは既に惹かれ合っている雰囲気で、ブランゲーネがクルヴェナールに面会を求める場面では、何と本人たちも出てきて手を取り合おうとします!

 

タントリスの歌は後半をゆっくりたっぷりと歌わせて、ティーレマンさん絶好調!トリスタンとイゾルデの演技を見ていると、あちこち動きますが、なかなか迷路から抜け出せない様子で、着ている服も現代風。つまり、もはや「トリスタン」と「イゾルデ」という設定ではなく、現代の道ならぬ恋、すなわち不倫の男女を描いているものと推察します。

 

いよいよ2人で愛の薬を飲むシーン。この演出では薬こそ出てきますが、飲まずにお互いに瓶を渡し合って香りを嗅ぎ、最後2人で手にこぼすだけでした。つまりは、既に十分に惹かれ合っている2人、薬の力は必要はない、ということなのでしょう。”Tristan ! Isolde !”の歌からの何と濃厚な音楽!そして、その後はたたみかけ、加速する音楽づくりはティーレマンさんの真骨頂です。フルトヴェングラーかくや?と思わせるような、とんでもない高みに連れて行ってくれる最高の指揮!最後、途中に道具で出てきた花嫁のブーケを2人で引き裂き、まるで結婚制度を否定し、そんなものには囚われないぞ!という決意表明をしているかのよう。ラストは2人抱き合って終わりました。

 

 

最初から惹かれ合っているコンセプトは非常に面白く、大がかりな迷宮の階段の舞台もとても観応えがありました。と同時に、そのせっかくのコンセプトや舞台を十分に活かし切れていない、という印象も持ちました。ただ、ティーレマンさんのうねりにうねりまくる指揮、充実のオケの響き、グールドさんとラングさんほかの素晴らしい歌で、トリスタンとイゾルデを観る喜びを十分に体感できた1幕でした!

 

 

 

第2幕。高さ5mくらいの黒い壁に囲まれた、監獄のような舞台です。イゾルデとブランゲーネが投獄され、上からは投光器付きで見張りに監視されています。前奏曲の後、弦と木管がトレモロするところはオケの繊細な響きが美しい!幻想的な雰囲気を作ります。イゾルデの「愛の女神」の歌、ペトラ・ラングさんの思いの丈を吐き出すような渾身の歌、もの凄い盛り上がりでした!

 

トリスタンとクルヴェナールも投獄されてきました。そしてトリスタンとイゾルデが再開する場面。何とドラマティックな音楽!ティーレマンさん、劇的に盛り上げるだけ盛り上げます!投光器の光に追われる中、イゾルデがカーテンを使って影を作り、そこに2人で入って隠れ、中に小さな星の飾りを付けていきます。歌詞に沿って、昼と夜、光と影を意識した演出です。

 

1回目の盛り上がりは、トリスタンとイゾルデがそれぞれの手のひらを切って血を流し、それをお互いの手や腕に絡め合う演出。生々しくハッとさせられますが、意図はよく分かる官能性を感じさせるシーンです。そして、個人的に2幕で一番好きなブランゲーネの警告の歌!クリスタ・マイヤーさんのふくよかな響き、ティーレマンさんもたっぷりと歌わせて、至福の瞬間です!今回、クリスタ・マイヤーさんのブランゲーネには本当に感銘を受けました。

 

2回目の盛り上がりは、何と2人で心中しようとするシーンに!行き場のない不倫の行き先として演出の意図はよく分かりますし、実は歌詞にそれなりに沿った演出だったりもするのですが、あまりにも具体的な形で見せられると、ちょっと…という感じでした。もう少し、象徴的な動作に置き換えるなど工夫をすると、もっと感動につながるのかなと思いました。ただし、この辺りの音楽は最高の響き!メリハリ、アタックの強さ、スピード感、ティーレマンさんの指揮が唸りまくります。

 

マルケ王の歌はルネ・パーペさんによる貫禄の歌でしたが、そもそもマルケ王が監視するように命じている立場だと思うので、老境の王の悲哀の歌詞がすんなりと入らず白々しさを感じ、今ひとつ感情移入ができません…。最後もマルケ王がメロートにナイフを渡し、逡巡するメロートがトリスタンを刺して終わりました。

 

 

う~ん、監視されているシチュエーションはユニークですし、血でお互いを愛撫したり、心中に走るコンセプトはよく分かるのですが、それが舞台の絵柄として昇華して、感動にまでは結びついてこない感じです。ティーレマンさんの音楽がもの凄く濃厚な味付けのところ、演出がそれに追いついていない、1+1が3や5にならないどころか、1.5くらいにしかならないような印象を持ちました。

 

私はこの心中のシーンを観て、文楽の近松門左衛門の心中もの、つまりは曽根崎心中や心中天網島を思い出しました。もともとそういう物語として書かれているとは言え、人形と三味線と義太夫だけのシンプルな文楽の心中ものの方が、詩情があり、美しい絵柄があり、圧倒的に感動的で、泣けるのです。着眼点やコンセプトはとてもいいので、もっと工夫すれば、いい舞台になると思いました。

 

演出のカタリーナ・ワーグナーさんはバイロイト音楽祭を主催するとともに、これからも演出を背負って立つ大切な方。まだまだお若いので、非常に僭越で恐縮ですが、もっといろいろ経験を積まれた方がいいように思います。そういう意味では、来年5月の新国立劇場のフィデリオはとてもいい機会だと思います。期待しています!

 

 

 

第3幕。冒頭の前奏曲は深~い響き。寄せては返す波のようで大変な聴きもの。シャルマイの哀しい響きも素晴らしい。舞台右前でトリスタンをクルヴェナールほか4人が取り囲むシンプルな舞台です。トリスタンが目覚めた後、イゾルデを想う歌を歌うと、舞台のさまざまなところに三角のピラミッドとともにイゾルデが出現しますが、トリスタンが寄っていくと闇に消えていきます。ここはトリスタンのイゾルデへの想いや報われない儚さ(はかなさ)を可視化した、とても印象的で素敵な演出でした!

 

それにしてもステファン・グールドさんの歌が凄いのなんの!この3幕にトリスタンの見せ場があることを伝える極めて充実の歌、もう圧倒されました!そして、イゾルデが出てきて、トリスタンがこと切れてからは、全員やや立ちん坊のような演技。もはや愛の死まではエピローグでしかない、と物語っているかのようでした。

 

そしてそのイゾルデの「愛の死」!冒頭からティーレマンさんのニュアンスたっぷりの指揮に魅了されますが、最後、半音階ずつ上昇していくところを、聴き取れるかどうかくらいの最弱音で進めます!こういう大胆な表現はティーレマンさんならでは。何という感動でしょう!涙腺が決壊した瞬間でした…。ペトラ・ラングさんが切々と歌う「愛の死」、決して叫ばずに綺麗に歌って本当に感動的。最後、イゾルデはマルケ王に連れて行かれて幕。不倫による陶酔の後も、逃れることのできない日常が待っていることを示しているかのよう。何ともやりきれない、しかし現実的なエンディングでした。

 

 

演出のカタリーナ・ワーグナーさん、初めて観ましたが、さすがベルリンの大学で演劇学を学び、ハリー・クプファーさんの下で研鑽を積んだだけことがありますね。尖がりまくった演出で(笑)、十分な感動には至らなかったものの、非常に観応えがあり、印象深い演出でした。何となく、今のカタリーナさんの場合、ワーグナーよりも、ブリテンのピーター・グライムズとか、ショスタコーヴィチのムツェンスク郡のマクベス夫人とか、その辺りのオペラの演出の方がズバッとはまるような印象を持ちます。

 

これから経験を積まれて、いつの日か今回のパルジファルやニュルンベルクのマイスタージンガーのような、そう来たか!なるほど!と唸るような感動の演出を期待しています。カタリーナさんはワーグナーのひ孫に当たりますが、私としてはそれこそ、孫娘のやんちゃ(笑)に目尻を下げるおじいちゃんのように、温かく見守っていきたいと思います!

 

 

 

 

(写真)薔薇のリキュール(右)とトリスタンとイゾルデのプログラム。テーブルにも薔薇の花で、薔薇尽くしとなりました。

 

観劇後の食事の後、せっかくなので、トリスタンとイゾルデのLiebestrank(愛の酒)を思わせるディジェスティフを飲みたいとメニューを探したら、いいものがありました!今回の旅のテーマでもある、「薔薇」から作られたリキュールです。バラの香(かぐわ)しい香り、エレガントな甘さ。色は奇しくも今回の舞台に出てきたものと同じバラ色です。これこそ、今回の旅での愛の酒に相応しいと思いました。

 

愛の酒は見つけたものの、私のイゾルデはいずこに?(笑)いえいえ、目の前にいらっしゃいました。お酒こそ最愛の恋人です。(ほとんど負け惜しみです、笑)