突き抜ける感動で最高の公演だったニュルンベルクのマイスタージンガー!当初の旅程では、この日は終演時間が遅いこともあり、夜のお酒は抜く予定でしたが、大いなる感動の余韻の中、飲まずにはいられない気分に(笑)。まずはお約束でマイセルズ・ヴァイスを1杯。6時間を超える長時間の観劇の後のクールダウンには打ってつけです。だんだんルーティーンになってきました(笑)。

 

しかし、余りにも感動的過ぎる公演。もう少し何か飲みたいな、とメニューとにらめっこしていたら…、Holunderという文字が目に飛び込んできました!

 

ん?Holunder?え~!?これって、もしかして、ニワトコのお酒ではないでしょうか!?

 

正確にはWildholunderlikör。やはりニワトコのリキュールでした!ニワトコがヨウシュヤマゴボウみたいな実をつけるのは知っていましたが、リキュールにまでなるとは!

 

午前中にニュルンベルクでニワトコに会えずにしょんぼりしていましたが、ここでお目にかかれるとは非常にラッキー!感激の瞬間です。さっそくいただきましょう。

 

 

(写真)ニワトコのリキュール(右)とニュルンベルクのマイスタージンガーのプログラム

 

色は濃い赤で茶色のニュアンスも入っています。味は上品な甘さ、まったりとした心地良い飲み心地。そして肝心の香りは…?まあ一般的なベリー系の香りでした(笑)。リキュールなので、現物の実の香りはやや薄れていますし、そもそもハンス・ザックスが第2幕で香りを嗅いだのは聖ヨハネ祭のある6月のニワトコの「花」の香りであって、ニワトコの「実」の香りではありません。

 

でも、私はここで偶然出逢えたニワトコのリキュールの香りを心から楽しみました。そして想像力をたくましくして、ザックスの心境に想いを馳せ、改めてニワトコのモノローグをおさらいしました。

 

 

ニワトコが何と柔らかく、また強く

馥郁(ふくいく)と香ることであろう。

その香りで私の手足は柔らかくなり、

何か歌って見たい気持ちがする。

だが、私の歌は何の価値があるのだろう!

この、頭の単純な男の歌が!

もし仕事に身が乗らぬときは、

友よ、私を自由にしておいてくれ!

わしは革を打ち伸ばしている方がいい。

詩を作ることなど止めた方がいい。

 

しかし、うまく行かない。

私は感ずるが-私には分からない。

心にとめることが出来ない。しかも忘れることもできない。

すっかりつかんでいるが、測ることはできない。

しかし私に測ることが出来ぬと思われるものを、

どうして私がとらえようとしたのか?

どんな規則も合わないのに、

しかも何の誤りもなかった。

その調べは五月の鳥の歌のように、

古く、しかも全く新しく響いた。

鳥の歌を聴いて、

それに魅せられ、

鳥をまねして歌う者が

嘲りと恥を受けるとは!

春の耐えがたき魅惑、

甘きやるせなさ、

それが私の胸に溢れ、

歌わずにはいられぬように歌った。

それだから、彼は歌えたのだ。

そのことは、私によく分かった。

今日、歌った鳥は、

美しいくちばしを持つ鳥であった。

マイスターたちは不安を感じたであろうが、

ハンス・ザックスは、大いに気に入った。

 

 

ヴァルターの新しい歌・音楽を温かく迎える、本当に愛情溢れる素敵な歌詞ですが、この歌、実は我々クラシックのファンや観客に対する示唆にも富んでいるようにも思います。分からないものを分からないと、いたずらに批判したり価値のないものと見下したりするのではなく、感じとり尊重しよう、と。第3幕で民衆から讃えられることから分かるように、ザックス自体が尊敬を集める偉大なマイスタージンガー。確固たる自分の芸術を持っているザックスがそれに凝り固まらないで、新しい芸術に対して柔軟なアプローチを取る。なかなかできることではないと思います。

 

バイロイト音楽祭は近年、オーソドックスではない、一見奇抜な演出が物議を醸し続けています。私も必ずしも諸手を挙げて賛成の演出ばかりではありませんが、おかげさまでバイロイト音楽祭をそれなりに体験させていただいて、今回のパルジファルとニュルンベルクのマイスタージンガーが最高の演出だったこともあり、一見奇抜な演出にもいろいろな意図・意味が込められている、隠されている、多くの示唆に富んでいる。それを読み解くことを通じて、ワーグナーの素晴らしい楽劇の世界をより一層堪能できる、探究できる。経験を積ませていただいた上で、このような考えや境地に至りました。

 

思えば、ワーグナーの音楽自体が革新的で、当時は賛否両論、ウィーンの議論を二分したと言います。音楽こそ時を経て定着し愛好されていますが、未だに革新的な演出を可能とするワーグナーの音楽とテクストがいかに可能性を秘めていて、柔軟であることか!ワーグナーの新進気鋭の心意気や価値観を未だに大切にして守っているバイロイトに、これからも観に来よう、そして最先端の最高のワーグナーを、ハンス・ザックスの心構えを持って温かく迎えよう、讃えよう。ニワトコのモノローグの歌詞をじっくりかみしめながら、そう決意した夜でした。

 

ニワトコのリキュール、本当にありがとう!

 

 

 

 

 

(追伸)以上のように、ニワトコ=Holunderとの偶然の出逢いに超感激して、旅の途中で思い出しては、「いや~、一期一会ってあるんだな~」とかほくそ笑んでいたりしていましたが、東京に帰ってから衝撃の事実が!

 

実はこのニワトコ、ドイツ語名ばかりに気を取られていましたが、英語名はElderberryだったのです!ええっ!?旅行中、ホテルの朝食で毎朝のようにパンにたっぷりつけて食べてたジャムの種類は確か…エルダーベリーでした。何だ!一期一会とか言っておきながら、実はニワトコのジャムを毎日食べていたんですね!(爆)この人、本当にアホですね…。