フランスを代表するピアニスト、パスカル・ロジェさんのピアノ・リサイタルを聴きに行きました。オール・ドビュッシー、しかも有名曲てんこ盛りのめっちゃ魅力的なプログラムです!

 

 

月の光/ロジェ plays ドビュッシー

パスカル・ロジェ ピアノ・リサイタル

(ミューザ川崎シンフォニーホール)

 

【オール・ドビュッシー・プログラム】

アラベスク第1番ホ長調 ~「2つのアラベスク」より

雨の庭 ~「版画」より

水の反映 ~「映像第1集」より

金色の魚  ~「映像第2集」より

沈める寺 ~「前奏曲集第1集」より

「子供の領分」全曲

グラドゥス・アド・パルナッスム博士/象の子守歌/人形のセレナード/雪は踊っている/小さな羊飼い/ゴリウォーグのケークウォーク

 

「ベルガマスク組曲」全曲

プレリュード/メヌエット/月の光/パスピエ

そして月は廃寺に落ちる ~「映像第2集」より

月の光が降り注ぐテラス ~「前奏曲集第2集」

亜麻色の髪の乙女 ~「前奏曲集第1集」

グラナダの夕べ ~「版画」より

喜びの島

 

(アンコール)

ジムノペディ第1番(サティ)

ミンストレル ~「前奏曲集第1集」

 

 

私、ドビュッシーのピアノ曲には大変お世話になっています。これまで、グラドゥス・アド・パルナッスム博士、亜麻色の髪の乙女、夢、月の光、沈める寺などを弾いたことがあり、沈める寺は今でもよく弾きます。ドビュッシーは透明感のある独特な響き、弾いた後はとても清々しい気持ちになれるので好きです。

 

ロジェさんのプログラムは一見、名曲を脈絡なく並べたように見えますが、よく見てみると、前半は水、後半は月と女性をテーマにしているようです。つまり、

 

(前半)

「川」(アラベスクのポリリズムは川のイメージ)」→「雨」→「水」→「錦鯉」(金魚じゃないです、笑)→「海」(沈める寺はイースの伝説、海底に眠る大聖堂が出現)→「雪」

 

(後半)

「月」→「月」→「月」→「乙女」→「女性の踊り」(グラナダの夕べはアルハンブラ宮殿の夜の音楽、ハバネラのリズム)→「ヴィーナス」(喜びの島はヴァトーの絵画「シテール島への巡礼」に影響、「シテール島」は神話で愛の神ヴィーナス(アフロディーテ)の島)

 

ということかな?と思いました。ドビュッシーの曲は情景の印象を音楽にした曲が多いので、ある程度揃えた方が、流れ的に弾きやすいんだと思います。さらに女性がテーマの曲は、だんだん大人になっていく並びだったり。洒落っ気があって、とてもいいですね!

 

※プログラムにもテーマに関して部分的に同様の指摘がありましたが、私の分析の方が、よりこじつけ度が大胆なようです(笑)。

 

 

さて、演奏が始まりました!ロジェさんのピアノはとても繊細ですが、カッチリして透明なドビュッシーというよりは、比較的自由な感じ。特にテンポが自家薬籠中、自由自在という印象です。長年に渡りドビュッシーを弾いてきたロジェさんのこと。CDや過去の演奏と比較した上での考察ではありませんが、何となく即興で感性の趣くままに弾かれているのかな?というような印象すら受けます。

 

ならば今日のロジェさんの感性、演奏の流れに身を任せて楽しむことにしましょう!最初から最後まで魅了されっぱなしでしたが、特に気になったのは以下の4曲です。

 

まず、沈める寺。最後、大聖堂の鐘の音のエコーが聴かれる最弱音のところも意外に響かせたり、結構自在な味付けです。イースの大聖堂が海の底から浮上し、鐘を壮大に鳴らして、また沈んでいく物語の情景を描写しているというよりは、その物語の印象を咀嚼した上で自由に表しているかのような演奏。大変ユニークでした。

 

次に、雪は踊っている。繊細で見事なまでに均一に揃ったピアノ。「細雪(ささめゆき)」という表現がピッタリです。他の曲が結構自由なので、「こういう風にも弾けるんだよ」とロジェさんが微笑んでいるかのよう。ところで「細雪」という言葉はフランス語にもあるのでしょうか?ネットで調べてみたら、”Les sœurs Makioka”と出てきて、マキオカ?マキオカ姉妹?何だろう?と思ったら、谷崎潤一郎の小説の名前のフランス語訳でした(笑)。

 

続いて、月の光。柔らかい月の光、というよりは、ロジェさんは高いラの音のみを強調して弾いていて、それこそ月の表面や宇宙空間を想起させるような硬質な響き、一本芯の通った月の光です。この曲はヴェルレーヌの詩と関係していて、楽しくも悲しくもあるあいまいな世界が描かれている、という指摘もありますが、私には、より月そのものやその神秘性が感じられた演奏でした。その後の自由なパスピエとの対比が見事。月の光はもしかするとその柔らかいイメージよりも、もっとスケールの大きな曲なのかも知れません。

 

ラストは喜びの島。途中までは、シテール島に行く若者たちを見送る岸壁の老紳士のような、情景として描写することに努めていたような演奏でしたが、その内に愛の女神の力に引き寄せられ、自身が島に行く衝動を抑えられなくなり、最後はヴィーナスと相まみえたような、そんな情熱的な演奏になりました!ロジェさん、ラストは勢い余ったのか、バチっと何か鍵盤以外を叩いたような音まで聴こえてきました。この百戦練磨のロジェさんを引き込むドビュッシーの音楽の魔力!

 

 

パスカル・ロジェさんのドビュッシーをまとめて聴けて、大変貴重な機会でした!私はこれまで、ドビュッシーの音楽の本分は繊細な風景や印象の描写にこそあると思っていましたが、ロジェさんの最後の喜びの島を聴いて、何かが変わりました。こういうことがあるので、ライヴを聴きにいくのは止められません!非常に参考になったリサイタルでした。

 

 

(写真)ドビュッシーが「金色の魚」の作曲でインスピレーションを得た日本の漆絵

※2012年の「ドビュッシー、音楽と美術」展で購入した図録より

 

 

(追伸)今回、久しぶりにまとめてドビュッシーを聴くので、一応CDで聴き直そうかと思いましたが、凝り凝りのロジェさんのプログラムは、曲集としてはあっちゃこっちゃに飛ぶので、簡単に検索できるYouTubeで一通り聴きました。すると、大人に混じって、お子さんたちが意欲的に演奏をアップしているのを見つけ、とても楽しく拝聴しました。

 

特に、以下にご紹介するお子さんが凄い!テクニックのみならず表現力にも見るべきものがありました。ブラーヴァ!!こうやって、自分ならではのドビュッシーをイメージして演奏するのも、また楽しいものです。

https://www.youtube.com/watch?v=zVu5nLqf9YM (約3分)