今年のお正月はサントリーホールにウィーン・フォルクスオパー交響楽団を聴きに行きました。楽しいオペレッタやワルツでウキウキした気分になれましたが、その休憩時間、とあるチラシに目が釘付けになりました。

 

(写真)フィンランド国立バレエ団の来日公演のチラシ

 

何と夢のあるチラシでしょう!「ムーミンがバレエを踊る!」、そのフレーズに普段あまりバレエを観に行かない私も興味津々となりました。

 

でも、よくよく考えてみると、ムーミン観たさにバレエを観に行くのは、何となくミーハーな気もしてきました。プログラムには第1部がムーミン、第2部は「北欧バレエ・ガラ」とあります。「バレエのガラはいろいろな作品の有名なシーンを楽しめるはいいけど、やっぱりいいとこ取りでなく、基本、全幕で観たいな~」と思ったその時、ある作品のタイトルが目に入ってきました。

 

『レンミンカイネン組曲』より“トゥオネラの白鳥”

音楽:ジャン・シベリウス

 

ええっ!?シベリウスのトゥオネラの白鳥のバレエ!?あの独特な世界観の音楽でどうやって踊るの??

 

これは観に行くしかありません!!!

 

ということで、フィンランド国立バレエ団を観にオーチャードホールに行ってきました。(決してムーミンに釣られた訳ではありません、笑)

 

 

フィンランド国立バレエ団

(オーチャードホール)

 

第1部 北欧バレエ・ガラ

 

『白鳥の湖』 第3幕より

“スペインの踊り” “ハンガリーの踊り” “ロシアの踊り” “オディールと王子のグラン・パ・ド・ドゥ”

(振付:ケネス・グレーヴ/音楽:チャイコフスキー)

 

“トゥオネラの白鳥” 『レンミンカイネン組曲』より抜粋

(振付:イムレ・エック/音楽:シベリウス)

 

『シェヘラザード』より “グラン・パ・ド・ドゥ”

(振付:ケネス:グレーヴ/音楽:リムスキー=コルサコフ)

 

バレエ『悲愴』より

(振付:ヨルマ・ウオティネン/音楽:チャイコフスキー)

 

『ドン・キホーテ』第3幕より “ファンダンゴ” “グラン・パ・ド・ドゥ”

(振付:パトリス・バール、ホセ・ウダエータ/音楽:レオン・ミンクス)

 

第2部 バレエ『たのしいムーミン一家~ムーミンと魔法使いの帽子~』

(原作:トーベ・ヤンソン/振付:ケネス・グレーヴ/音楽:トゥオマス・カンテリネン)

 

 

ホールに着いたら、プログラムの順番が変更になり、ムーミンがトリになっていました。何となく不安がよぎります…。そして、舞台が始まりましたが、音楽は録音でした。チケットの料金を考えれば致し方ないものの、できれば生のオケの伴奏で聴きたいところでした。

 

最初は「白鳥の湖」。いろいろな国の踊りが楽しめますが、私はオペレッタによく出てくることもあり、チャールダーシュに親近感が湧きます。腰や耳に手を当てるような独特なしぐさが印象的。

 

次がお目当ての「トゥオネラの白鳥」。黒の衣装の白鳥をレンミンカイネンが捕まえようとする中、どことなくレンミンカイネンの白鳥への恋心(「火の鳥」でのイワン王子と火の鳥のように)や、近く死を迎えるレンミンカイネンへの白鳥の慈悲のようなものも感じられ、非常に味わい深い踊りでした。

 

ただ、それと同時に、独自の世界観を持っている非常に完成度の高い曲なので、この曲に振付けるのは並大抵のことではないとも思いました。「冥界」「黄泉の国」を意味する「トゥオネラ」の白鳥であり、この世のものとは思えない静謐な佇まいが求められます。私のイメージはヘルシンキのアテネウム美術館で観たアクセリ・ガッレン・カレッラの絵画「レンミンカイネンの母」に出てくる白鳥です。ほとんど気配すら感じさせず、幽玄な印象。その絵の白鳥ですら、音楽に比べると具体性を感じ、シベリウスの書いた音楽がいかに絶妙なのかが改めて認識できます。来年5月にパーヴォ・ヤルヴィさんがN響定期で採り上げますが、シベリウスのスペシャリストのトゥオネラの白鳥、今から本当に楽しみになってきました。

 

(参考)アクセリ・ガッレン・カレッラ/レンミンカイネンの母

※出典:ウィキペディア

 

続いて、シェエラザード。“グラン・パ・ド・ドゥ”ですが、音楽は第3楽章の「若い王子と王女」が使われていました。これは音楽とバレエがぴったりあって、最後の盛り上がりのところで高くリフトを入れたり、すこぶる良かったです!バレエに向いている音楽というものがあるのかなと思いました。

 

その次は「悲愴」。チャイコフスキーで「悲愴」とくれば、当然、第4楽章と思いきや、意外にも第3楽章の音楽でした。男性のダンサーがチュチュ姿でコミカルに踊ります。笑いを誘うような振付ですが、どことなく悲哀も感じさせます。「この作品は、男性ダンサーの人生-終わりのない苦役、その中の喜劇的な息抜き、フィードバックとステージに置かれた花-のリアリスティックな描写である」と振付のウオティネンさんの解説がありました。次にコンサートで「悲愴」を聴いた時、第3楽章の聴き方が変わってくるかも知れません。

 

ガラの最後は「ドン・キホーテ」。これは屈託なく楽しめます。この作品では、バレエダンサーがクルクル回転して拍手喝采になる場面が多々出てきます。よくあれだけ回ってバランスが保てるものだと本当に感心します。比較するのもおこがましいですが、私なぞ、スクリャービンの低音と高音を目まぐるしく動く左手だけでも動体視力がなかなか追い付かず、未だに悪戦苦闘していますが…。

 

 

後半はムーミン。「たのしいムーミン一家~ムーミンと魔法使いの帽子~」という作品で、何とこの日本公演のために作られた、今回が世界初演となる作品です。本国フィンランドでも来年1月からしか観ることができないとのこと。日本にムーミンファンが多いとは言え、本当にありがたい話ですね。

 

始まると、狂言回し的役柄のミイやスニフは普通のバレエと変わらず踊りますが、被り物のムーミンはユーモラスにゆっくりと踊ります。足を上げて回ったりすると、それだけで大きな拍手が(笑)。とてもほんわかしますね。面白かったのはスナフキン登場のシーン。音楽に何と尺八が使われていました!音楽も今回のために作られた曲ですが、日本への配慮あるいは敬意でしょうか?そう言えば、スナフキン、何となく虚無僧(こむそう)のような雰囲気も持ち合わせているかも?

 

物語は簡単に言ってしまうと、冬眠から目覚めたムーミンたちのところに魔法の帽子とルビーが紛れ込みますが、それを持ち主の「飛行おに」に返してめでたしめでたし、という内容です。それだけを見れば、本当に他愛のないストーリーですが、途中、モランという魔物がルビーを求める場面で感動のシーンがありました。ルビーを要求するモランに対して、スニフやムーミンパパが武器を取ってモランを打ち負かそうとしますが、そこにムーミンママが割って入り、平和的に仲裁します。その仲裁する緊迫感のあるシーンで、ムーミンママが事態を打開するために、それまでのゆったりとした動作から打って変わって、渾身のつま先立ちの横歩き(パドブレ)をしたんです!!!

 

私は過去にR.シュトラウスのオペラ「カプリッチョ」の月光の音楽の場面のバレエで号泣したことがあります。「ばらの騎士」とともにR.シュトラウスのオペラの中で愛して止まない作品。この時の演出は、ナチスドイツ占拠時のパリのとある館が舞台。館の執事たちがいなくなり、ドイツ兵(男性)が見張りで部屋に残る中、月光の音楽が始まり、月光の差し込む部屋に月光の精(女性)が入って踊り始めます。ドイツ兵が面白半分に鉄砲で威嚇したりして、最初、月光の精はビクビクしていましたが、その内、威嚇に負けず活き活きと踊り始めます。ドイツ兵はそれを見てしだいに惹き込まれ、ついにはドイツ兵も踊り始め、最後は何と2人で手を取り合って揃って踊ったんです!!!戦争や暴力に対する芸術のしなやかで力強いメッセージが見て取れる、非常に感動的なシーンでした。

 

そのシーンを思い出させるくらいに、今回のムーミンママ渾身のパドブレは本当に感動的でした(言葉だけでお伝えするのは困難ですが…)。私はこのシーンのことを一生忘れないでしょう。

 

そのほか、ムーミンと恋人のスノークのおじょうさんとのグラン・パ・ド・ドゥや、飛行おにに返されたルビーから出てきたルビーの精の踊り、最後は大きなハート型のピンクの風船を携えてムーミンと恋人が並んで座る後姿のお茶目なエンディングなど、本当に幸せな気持ちになれる演目でした。

 

 

「トゥオネラの白鳥」目当てで観に来ましたが、結局のところ、ムーミンにやられてしまいました(笑)。ほんわかしたバレエですが、本当に深いですね。最後に、芸術監督ケネス・グレーヴさんがプログラムにムーミンパパの言葉を載せていたので、ご紹介します。

 

「それを受ける準備ができている人には、その人生は大きな奇跡に満ちている」

 

ムーミンパパ、かっこいい!以上、ムーミンの奥深さを十二分に体感できたバレエ公演でした!