新国立劇場のカルメンを久しぶりに観てきました。指揮・演出・主なキャストは以下の通りです。

 

 

新国立劇場

ビゼー/カルメン

 

指揮:イヴ・アペル

演出:鵜山仁

 

カルメン:エレーナ・マクシモワ

ドン・ホセ:マッシモ・ジョルダーノ

エスカミーリョ:ガボール・ブレッツ

ミカエラ:砂川涼子

スニガ:妻屋秀和

フラスキータ:日比野幸

メルセデス:金子美香

 

 

新国立劇場のカルメンは過去に何度か観たこともあり、再演は基本的に観に行かないのですが、今回観に行った理由は、ひとえに砂川涼子さんがミカエラを歌うからです!これまでいろいろな公演を観てきた上で断言しますが、砂川さんのパミーナとミミとミカエラは世界的に見ても最高のパミーナ、ミミ、ミカエラだと思います。オペラは総合芸術。普段、歌手だけを目当てに行くことはほとんどありませんが、こと砂川涼子さん(と森麻季さんと福井敬さん)が歌う場合、そうも言ってられません。

 

第1幕は兵士、物売り、子供などいろいろな人が登場する美しい舞台。カルメンはエレーナ・マクシモワさん。ハバネラは中音がちょっと地声っぽくて違和感を感じましたが、セギディーリャは雰囲気があってとても良かったです。ミカエラが再登場して手紙の歌。砂川さんの真摯で正確で美しい歌声は聴いていて本当に心地良い。ホセとの二重唱も息がぴったりで素晴らしかったです!

 

女工たちの喧嘩のシーンではカルメンの敵役のマヌリエータを強調した演出でした。喧嘩を治めるスニガは妻屋さんの迫力のある歌唱。この方、新国立劇場のおなじみで、特に存在感のあったドン・カルロ/宗教裁判長がどうしても忘れられません。カルメンが反抗的な態度を取るシーンでは、「カルメンさん!この人はスニガの姿をしているけど、実は宗教裁判長です!言うこと聞かないと粛清されちゃいますよ!」と「逃げ恥」のみくりさんよろしく勝手に妄想したり。でもあっさりカルメンに逃げられてしまい…。あっ、そうだ、妻屋さんはファルスタッフのユーモラスなピストーラ役でもありました(笑)。

 

第2幕の舞台はリリアス・パスティア。中央に設えられた舞台で踊りを踊っていて、周りをテーブルが取り囲む賑やかな舞台です。以前にセビーリャのタブラオでフラメンコを観た時のことを思い出しました。ちなみにドリンクが1杯付きましたが頼んだのはもちろんあのお酒。セギディーリャの歌にあるように「飲むはマンサリーニャ」です!

 

冒頭のジプシーの歌、カルメンで一番楽しみにしている場面で、それなりに盛り上がりましたが、今一つ熱狂が足りない印象。イヴ・アペルさんの煽るようなテンポの指揮に見合うように、もっとカルメンや周りの人たちに動きがあった方がいいのではと思いました。その後のガボール・ブレッツさんのエスカミーリョの闘牛士の歌も、声は立派なのですが、なぜか声を伸ばさず短く切る歌唱で、フランス語もどことなく固く、何か物足りなさを感じました。一方、マッシモ・ジョルダーノさんのホセの花の歌は掛け値なしに素晴らしい!始まる前の転調にもゾクゾクきます。スニガは最後に闇の中で消えてしまいましたが、どうなってしまったのでしょうか?

 

第3幕第1場は荒れた岩山の舞台。この幕は有名なシーン以外にも、冒頭の「注意しろ」の歌や「税関吏ならまかせて」の歌など味のある歌が山盛りです。でも、やはり素晴らしかったのは砂川さんのミカエラのアリア。ホセを訪ね女性一人で人気のない岩山に来た不安や決意がひしひしと感じられます。アリア途中の「神様お守りください」ではあまりの感動にとうとう涙腺が決壊…。この日一番のブラーヴァとなりました!その後にホセを諫めて第1幕の手紙の歌の旋律を歌う場面では、その清らかな歌声に、密輸団のたむろする荒れた岩山一帯が、何か白い聖なるものに包まれていくかのような錯覚を覚えました。が、しかし、そんなミカエラの懇願にも関わらず、ホセの心はカルメンから離れられず…。

 

ホセって、何てバカなんでしょう?もとい、男って、何てバカなんでしょう?

 

そんなホセですが、カルメンに未練たっぷりの情けないホセのイメージがありますが、今回のマッシモ・ジョルダーノさんのホセは実はかなり立派なホセで、エスカミーリョとも対等に渡り合い、第2場最後のカルメンとの二重唱も大変な聴きものでした。歌詞こそ変わりませんが、凛とした何か新しいホセ像を観たような気がします。第2場の気丈なカルメンも、例え死んでも、自分にとって一番大切なものを守るんだ、という気概に満ち満ちていて、1人の人の生きざまとして感動的。最後まで観終わった感想としては、カルメンとは実は「決して手に入れることのできない自由」の化身のような気がしました。

 

 

久しぶりにカルメンの舞台を楽しむことができました!そして、改めて砂川涼子さんのミカエラの素晴らしさを存分に体感できました!役に成りきった最高のミカエラを日本で聴くことができるのは本当に幸せなことです。その一方で、この日本が誇る逸材にはぜひとも世界で羽ばたいてほしいという想いもあり、ファンとしては複雑な心境です。

 

 

(写真)カルメン第1幕の舞台、セビーリャの旧タバコ工場。現在はセビーリャ大学。

 

(写真)セビーリャのタブラオで飲んだマンサリーニャ。サンルカール・デ・パラメダ産のフィノタイプのシェリーです。

 

(写真)アンダルシア地方では、オレンジの木をあちこちで見かけます。今回のカルメンでも第1幕と第3幕第2場に沢山登場していました。