「日本初、クラーナハの大回顧展」というキャッチフレーズに惹かれて、上野の国立西洋美術館で開催されたクラーナハ展に行ってきました。

 

ルカス・クラーナハは宗教改革で有名なマルティン・ルターと同時期の画家で、ルターの肖像画やルターのドイツ語訳の聖書に木版画の挿絵をしたことで知られています。ルノワールの対極にあるような独特な裸婦の絵もよく見られます。私はこれまで決して熱心に観てきた訳ではないので、

 

○名前は生誕地のクローナハに由来

○一時期ウィーンにいて画家として頭角を現したが、ザクセン選帝侯フリードリヒ賢明公からの招きに応じヴィッテンベルクに移住、宮廷画家に

○1518年、宗教改革にともなって既存の宗教画の需要が減少したためか、エロティックな神話主題の制作が増えはじめる

 

などの解説に「なるほど~」と思いながら観ました。美術展に行ってみると勉強になります。

 

観た中で印象に残ったのは「誘惑する絵─『女のちから』というテーマ系」というコーナーの絵。「ホロフェルネスの首を持つユディト」「ロトとその娘たち」「不釣り合いなカップル」など、女性の魅力とそれに抗えない(愚かな)男性を描いた絵が目白押しです。その中で私が一番惹きつけられたのが「ヘラクレスとオンファレ」という絵。稀代の英雄ヘラクレスがリュディアの女王オンファレに魅了され、女装して糸紡ぎをするなど3年間タダ働きする、という物語です(ヘラクレスは贖罪のため神託に従って奴隷として仕えたという面もあるようですね)。この絵の解説には「愛は人を盲目にする」の言葉が(笑)。う~ん、この骨抜きになって幸せそうなヘラクレスの表情を見るに、それはそれでいいのかも知れません?

 

(写真)ルカス・クラーナハ(父)/ヘラクレスとオンファレ

※購入した絵葉書より

 

オペラの作品と同じ主題の絵を探すのも西洋絵画の楽しみの一つ。クラーナハ展でも、「洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ」「サムソンとデリラ」「ルクレティア」など興味深く観ましたが、一番気になったのは「聖アントニウスの誘惑」。砂漠で修行中の聖アントニウスに空想的な魔物や魔女が登場して聖アントニウスの信仰心を試す主題で、ヒンデミットの交響曲「画家マティス」第3楽章の題名にもなっています。私は以前にオペラの方の「画家マティス」をアン・デア・ウィーン劇場で観たことがありますが、第6場がこの「聖アントニウスの誘惑」の場面で、不安の渦巻く激動の音楽と大胆な演出、最後の聖パウロとの出会いや二重唱など、心の底からの感動を覚えた思い出があります。

 

さて展示では、まずクラーナハの前にマルティン・ショーンガウアーという画家の「聖アントニウスの誘惑」の絵があり、これは聖アントニウスがはっきり描かれていて、そこに悪魔たちが襲いかかっているのがよく分かる絵になっています。ところが、クラーナハの「聖アントニウスの誘惑」にも悪魔たちはいるのですが、何度見ても聖アントニウスの姿がどこにも見当たりません?神の御加護により(背景に教会が見える)、悪魔の誘惑を回避した、ということでしょうか?それとも、「誘惑には逆らえない」(右上に見ようによっては悪魔と半ば同化したっぽい人らしき姿が見える)というクラーナハ一流の警句でしょうか?興味は尽きません。

 

(写真)ルカス・クラーナハ(父)/聖アントニウスの誘惑

 

開催期間ギリギリに何とか駆け込んで観てきましたが、クラーナハの絵を体系的にまとめて観ることのできる大変貴重な機会でした!クラーナハの絵に魅了されたピカソやマルセル・デュシャンの作品も印象的でした。やはり美術展は行ってみるものですね。今年はコンサートやオペラだけでなく、美術展にも積極的に行ければと思いました。

 

 

(写真)クラーナハの活躍したヴィッテンベルクの城内教会の扉。1517年、ルターはこの扉に「95ヵ条の論題」を貼り出し、宗教改革が始まった。今年は宗教改革500周年です。