みなさんはR.シュトラウスのオペラの中で何が一番好きでしょうか?「ばらの騎士」という方がおそらく一番多いと思いますが、中には「無口な女」や「ダナエの愛」という通好みの方もいらっしゃるかも知れませんね?私は「ばらの騎士」はもちろんのこと、「カプリッチョ」「エレクトラ」「グントラム」をこよなく愛していますが、音楽面だけを取れば「影のない女」が一番好きです。

今年はR.シュトラウス生誕150周年。夏にザルツブルク音楽祭で「ばらの騎士」を観ることができたのは幸運でしたが、どうしても今年中に「影のない女」を観たかったのが、今回旅に出かけた一番大きな動機です。指揮・演出・主なキャストは以下の通りです。


Musikalische Leitung: Kirill Petrenko
Inszenierung: Krzysztof Warlikowski

Der Kaiser: Robert Dean Smith
Die Kaiserin: Ricarda Merbeth
Die Amme: Deborah Polaski
Der Geisterbote: Samuel Youn
Hüter der Schwelle des Tempels: Hanna-Elisabeth Müller
Erscheinung eines Jünglings: Dean Power
Die Stimme des Falken: Eri Nakamura
Barak, der Färber: Wolfgang Koch
Färberin: Elena Pankratova
Der Einäugige: Tim Kuypers
Der Einarmige: Christian Rieger
Der Bucklige: Dean Power
Keikobad: Renate Jett

Bayerisches Staatsorchester
Chor der Bayerischen Staatsoper
Kinderchor der Bayerischen Staatsoper
Statisterie und Kinderstatisterie der Bayerischen Staatsoper


オペラが始まると、何か不可思議な音楽とともに映画のような映像が流れていきます。どこかで観たことがあるような?そうそう、この捉えどころのない気だるい音楽のもと、ストーリーがあるようでない不思議な映像は映画「去年マリエンバートで」です。そして映像中の女優が舞台に登場すると、そこは鹿の置物や水槽、家具の置かれたマグリットの絵のような象徴的なセット。「カイコバートの動機」が奏でられオペラの音楽が始まります。

つまり、皇后は悩める舞台女優で、2幕で明かされますが、精神的なトラウマから子供を作ることができない、という設定のようです。乳母は医者のような風情で登場。治療やカウンセリングを行うなど皇后をケアしますが、途中、皇后を自らとの同性愛に引き入れようとしたり、何とも怪しい存在。染物師の妻は娼婦のような出で立ちで登場。娼婦が故に子供を作らない、ということでしょうか?バラックはその娼婦の胴元?として登場、ベッドのシーツを自ら洗濯したり、倹約に励んでいます。そんな設定で物語が進んで行きます。

皇后のトラウマは幼少の頃に遡り、子供の頃の皇后の子役もでてきます。そして白眉は2幕途中の皇后の夢のシーン。学校で独りぼっち(同級生はみな鷹の被り物。いじめられっ子だった?)の皇后の子役が泣いている中、前面のスクリーンに森を飛翔し、お墓の中を進んでいき、皇帝の大きな廟に向かっていく大胆で迫力のある3DのCGが入りますが、確固たる足取りで進む音楽と相まって、あたかも皇后の内面世界に入って行くような印象。今思い出してもワクワクする大変見応えのあるシーンです。

3幕はフロイトの精神分析のようなシーン。バラック、染物師の妻、皇后がそれぞれ心情を告白します。登場人物はそれぞれのトラウマがために子供が持つことができませんが、心情を告白し子供の良さに触れて回復し、いずれ勇気を持って子供を持つことによりトラウマを完全に克服していく、そんな展開だと思います。「子供を育てることを通じて逆に子供から教えられて」という話はよく聞きますが、「子供自身が親にとって最高のカウンセリング」、そんなメッセージだと思いました。

最後のシーンは丸テーブルだけのシンプルな舞台に主役4人が笑顔で座る中、バックに大勢の子供たちが登場し、ラストの圧倒的な子供賛歌・人間賛歌の歌の場面となります。子供たちは壁に影が投影され、その影で遊んでいますが、この子たちもやがて母親父親になり、受け継がれていく。それを表していると思われる、心が温かくなるラストでした。

と、ざっと流れを書きましたが、象徴的なシーンが多く、一度観ただけでは正直よく分からないところも…。特に鷹がいろいろな形で登場しますが、それぞれどんな意味があるのかいま一つよく分からず…。とにかく視覚による表現や心理描写が凄いので、もしDVDが出たら必ず購入して観返してみようと思います。

面白かったのが、1幕で乳母が染物師の妻を憧れの男性へとそそのかすシーン。クリスティアーノ・ロナウドばりにむきむきの上半身裸の男性が白塗りの顔で登場しますが、男性はヘッドホンで侍女たちの高音の陶酔的な歌を聞きながら身悶えています(笑)。何ともおかしなシーンですが、ここの侍女たちの音楽はR.シュトラウスが書いた陶酔の極致の音楽なので、気持ちはよく分かるかも(笑)。


指揮は昨年今年とバイロイト音楽祭の「ニーベルングの指輪」を振って話題となった、バイエルン国立歌劇場の音楽監督でもあるキリル・ペトレンコさん。もう圧倒的な指揮でした!特に1幕の人間界に移動する際の暴力的な音楽、2幕最後の迫力満点の追い込み、その一方で3幕最後などはゆっくりたっぷりとやってくれて、最高の指揮でした!「ニーベルングの指輪」も素晴らしい指揮でしたが、今回はもっと意欲的な表現付けをしていた感じです。オケもそんな振幅の激しいペトレンコさんの指揮にピタリとついていって全く乱れがなく、最初から最後まで輝かしく力強い音を出していました。こんなにバンバン叩くティンパニは初めて聴いたかも?(笑)いや、本当に素晴らしいの一言です。

歌手では染物師の妻役のエレーナ・パンクラトヴァさんが娼婦を体当たりで演じ歌も一番的確かつ力強く歌っていて沢山の拍手を受けていました。バラック役のヴォルフガング・コッホさんと乳母役のデボラ・ポラスキさんは安定の歌唱。皇后役のリカルダ・メルビスさんは1幕は少し不安定な歌でしたが、3幕の最後のパンクラトヴァさんとの2重唱の最高音を輝かしい声で軽々と出すなど後半は好調でした。

いずれにしても、R.シュトラウスの最高傑作とも言われる「影のない女」を、素晴らしい指揮者とオーケストラと歌手、大変意欲的で興味深い演出のもと観ることができ、とてもいい形でR.シュトラウスの記念年を締めることができました。この素晴らしい公演に携わった全ての方々に感謝です!ありがとうございます!


(追伸)映画「去年マリエンバートで」はマリエンバートと銘打っていますが、撮影はミュンヘンで行われたようですね。また見てみたいと思います。



(写真)開演前のバイエルン国立歌劇場


(参考)今年の夏のザルツブルク音楽祭の「ばらの騎士」はこちら
http://ameblo.jp/franz2013/entry-11918058738.html

(参考)キリル・ペトレンコさん指揮のバイロイト音楽祭の「ニーベルングの指輪」はこちら
http://ameblo.jp/franz2013/entry-11914072127.html
http://ameblo.jp/franz2013/entry-11914239578.html
http://ameblo.jp/franz2013/entry-11917136967.html
http://ameblo.jp/franz2013/entry-11917560649.html