バイロイト音楽祭での「ニーベルングの指輪」の観劇は、4日間無事に終えることができました。続いて、今回の旅でのもう一つの観劇の地、ザルツブルクに移動します。

 バイロイト→ニュルンベルク→ミュンヘン→ザルツブルクと電車を2本乗り継ぎ、5時間かけてザルツブルクへ。ホテルで休んでから、夜のHaus für Mozart(モーツァルトのための劇場)の公演に繰り出します。演目は珍しいシューベルトの「フィエラブラス」。序曲こそたまにコンサートで演奏されますが、オペラ公演は大変珍しい演目です。指揮・演出・キャストは以下の通りです。


 Ingo Metzmacher, Musikalische Leitung
 Peter Stein, Regie

 Julia Kleiter, Emma
 Dorothea Röschmann, Florinda
 Marie-Claude Chappuis, Maragond
 Michael Schade, Fierrabras
 Georg Zeppenfeld, König Karl
 Markus Werba, Roland
 Benjamin Bernheim, Eginhard
 Peter Kálmán, Boland
 Manuel Walser, Brutamonte
 Mitglieder der Angelika-Prokopp-Sommerakademie der Wiener Philharmoniker
 Konzertvereinigung Wiener Staatsopernchor
 Wiener Philharmoniker


 フィエラブラスのあらすじをごく簡単にご紹介しますと…、フランク王国とムーア人の国が争っている中、物語が進みます。フランク王の娘エンマと貧乏貴族のエギンハルトは愛し合っていますが、ムーア人の国の王の息子で、以前エンマと恋人だったフィエラブラスが捕虜として囚われエンマの前に姿を現わします。フィエラブラスはエンマとエギンハルトの逢引きを見逃し、代わりに自分が罪を被るなどお人良し。

 そのエギンハルトとフランク王の騎士ローラントがムーア人の国に和平交渉に行きますが、ムーア人の王ボーラントに使者全員が捕えられてしまいます。かつて恋人だったローラントを助けようとボーラントの娘フロリンダが活躍。幽閉から抜け出したエギンハルトがフランク王に救出を嘆願し、王は救出隊を差し向けますが、何とその救出隊にフィエラブラスも加わります。救出隊が仲間を助け出し、ボーラントを討とうとしたその時、フィエラブラスがそれを諌め、ボーラントを説得して両国の和平を実現し、2組のカップルもめでたし結ばれる、というハッピーエンドの物語です。

 正直に白状すると、大変珍しい演目なので、せっかくだから観に行ってみようか?くらいの軽い気持ちでチケットを取ったのですが…、これが音楽といい演奏といい歌手といい演出といい、実に素晴らしい公演でした!

 最初は勢いの良い序曲から始まりますが、さっそくウィーン・フィルの音色に痺れます。バイロイト祝祭管弦楽団のワーグナーも本当に素晴らしかったですが、ウィーン・フィルで聴くオペラの音楽は何か大人の香りがします。指揮はインゴ・メッツマッハーさん。新日本フィルの音楽監督でおなじみですね。

 続いて女性陣のコーラス。女性ソロの優しいメロディが本当に美しい。エギンハルトとエンマの2重唱はそれこそ鼻歌で歌いたくなるようなウキウキした親しみのあるメロディで一気にオペラに引き込まれます。1幕途中のフィエラブラスとローラントのコミカルな2重唱で楽しい気分にさせた後、エギンハルトとエンマの切ないロマンスの2重唱が続くところなど、本当に心憎いばかりの展開。エギンハルトの短調の旋律を受けて、エンマが長調で応えるところなど、得も言えぬほど美しい場面です。1幕フィナーレは劇的、迫力のある音楽で、「シューベルトがこんな勇ましい音楽を書いていたんだ!」と目からウロコかも知れません?

 2幕は途中、平和の使節団に対して厳しい裁定が下るデモーニッシュな音楽、その後の不安で哀しげな5重唱、その後に続くフロリンダの激しく劇的なアリアの流れが素晴らしい。絶望の中でのローラントとフロリンダの2重唱の何と美しいこと!3幕最後のフィエラブラスがフランク王とムーア人の国の王(自分の父親)の両方の手を取って和解させるシーンは本当に感動的で、実は音楽的にはそんなに活躍する訳でもないこのフィエラブラスがオペラのタイトルになっている意味を実感できる場面です。

 歌手はドロテア・レシュマンさん、ミヒャエル・シャーデさん、ゲオルグ・ツェッペンフェルトさん、マルクス・ヴェルバさんなど、モーツァルトの公演で良く歌われている方々で皆素晴らしかったです。エンマを歌ったユリア・クライターさんは初めて聴きましたが、きらめくような高音でこんな素晴らしいソプラノの方がいたんだ!、とビックリしました。

 白と黒と銀を基調とした衣装、デューラーの版画絵のように白黒で陰影のある背景と、シンプルですがとても統一感があって魅力的な舞台です。第2幕で建物の中に幽閉されている場面では、建物の壁をスクリーンで映したり透かしたりして、建物の窓から外の様子を覗いているシーンと、建物の中で不安に怯えているシーンを切り替えて見せるなど、シンプルですが感心させられる上質な舞台でした。

 フィエラブラスの実演を実際に観て、このオペラは本当にメロディの宝庫だと思いました。感じとしては同じジングシュピールである魔笛をよりスケールを大きくした作品とでも言いましょうか?フィエラブラス・ルネッサンスに値すると断言できる公演で、将来フィエラブラスが世界中でもっと公演にかかるようになったら、この公演が分岐点だった、そんな意見も出てきそうな最高の公演でした!



(写真)フィエラブラスの公演ポスター


(写真)Haus für Mozartの入口