フランボの生きてるブログ -27ページ目

フランボの生きてるブログ

「あたしの人生これでええんか!!」と不安になっていた時に、とあるビジネスに足を突っ込んでしまい、不安が増したので、記録用として立ち上げますた。いつの間にか恋愛を経てメンヘラブログに。どうか変な方向に進みませんように・・・

ううう。

私のした事は間違ってるんだろうか。



先日、沖縄君と会いました。


もう次へ行こう!この人の事は信用するのやめよう!って心のどこかでは思ってるけど



やっぱりその反面、何かをどこかで期待している自分がまだいる。




久しぶりに二人きりで会えて、


これまでのゴタゴタや隠された真実の真相を聞きたかったのだけど



感情が追いつかなくて


どうしても


甘えてしまいたくなってしまう。




ううう…

何も考えず


我慢せず


好きだと言えたらいいのに


何で言えないんだろう。



我慢せず

触れてしまえばいいのに


何で手が伸ばせないんだろう。









私が弱っていたのをみての優しさなのか


好きだからそうしたのか



まだわからないまま



また宙ぶらりんな状態になってしまった。




でも、



キライでは無さそうだった。




気にしてそうだった。




だって関係なかったら


「彼氏出来た?」とか聞いてきてもおかしくないもの。




でもそれをしないのは




もし、その質問をして


私が肯定したら



傷つくから聞かないのではないかな?と。






これは、私が彼に



「私のこと好き?」と聞けないのと同じような気がするが…





やっぱり


イチャイチャしたい…



それを望んでしまう私は
 


まだまだ



未熟者…







そろそろ、誰かから

頬っぺたを引っ叩かれそうだ。









「いい加減目を覚ませーーーーーー!!!





とな。










そして、もう一度、婚活サイト登録しました!

次こそ見間違わないようにせねば!(笑)





どーなるかなー!!!(^◇^;)

ふー。

今日は久々に、元仕事仲間とウォーキングに参加してきました。

およそ10キロをのらりくらり。

5時間くらいかな。




寄り道しながら

気になったところで足を止めて。

自然の景色を見渡しながら

風に吹かれて

太陽に焦がされて

普段と違う街並みを嗜む。




「歩く」って

こんなにノンビリと出来るんだねえ。



お陰様で足腰がやられとりますが



家で引きこもってるよりは


全然イイ!



人と交流することって

一見面倒くさいけど


やっぱり


人と喋ると


活力にもなる。



脳みそも使う。




つまり、「刺激」があるということ。









やっぱり刺激だよ!!!





人生には刺激が必要じゃあーー!!!!!




必要なんじゃぁ〜(千鳥風)






寝れる
眠れない

そして何かが次々に思い浮かぶので備忘録します。




今回の母のケンカ後の私の対応を
自分なりに分析してみた。



相手が苦しんでいる

辛そうだから何とかしてあげたい

でも何も出来ないのをわかっている

だからできる限りの事はする

それでもダメなら

諦める



この一連の流れが、私の愛のパターン。





人生で一番、今でもずっと心の奥深くにある愛は、元彼に対しての愛。

歪んでいたかも知れないけど、私はこの行動をとる事が、彼にできる精一杯の愛だとその時はおもったのです。




相手が私を受け入れてくれると覚悟してくれたにも関わらず、
相手の幸せを願う余り、
そして自分自身を戒めるつもりで
相手を手放した。



その決断に後悔はないつもりだけれど、
心はずっと後悔している気がする。



今までの恋愛にも当てはめるけど、
この変な愛しかたのせいで、

私はいつも独りぼっちです。


自分で自分を苦しめているようだけれど
やっぱり自分のこともカワイイのです。


「相手のためを思って」ということを前提にした愛は、自分を犠牲にすることが、私の愛のスタンスらしい。


でも、私はもう自分を犠牲にしたくない。
両方助かりたい。

二人とも幸せになりたい。


だから、

どちらか片方だけが我慢したりする関係は望んでいません。



でも


お互いのバランスが取れないようであれば

見放すこと、突き放すこともまた1つの愛のカタチかなぁと。




今回、「もういいや。十分手は尽くした」と思える段階まで来ているので


これでダメなら
離れようと思う。



思い起こせば
私はこんなに人を愛せていたんだな、とも思えるようになりました。


でも、もう
こういう愛し方は、飽きました。


これからも、きっと
こんな愛し方で歪んでいるのだろうけれど






やっぱり
もう


飽きました。




相手を手放せるほど愛せるのは


「逃げ」じゃないと思った。


愛しすぎてるのかも知れない、と思えた。