震災から一週間経ちました
一週間という一言で片づけてはならないように感じます
東京でも今までに感じたことのない揺れで正直驚きました
中学生の時に起震車で震度7の揺れを体験したことがありましたが、あのときは身構えていたから何ともなく感じていました
私は昔から地震とか地層といったところが好きで理科の資料集を授業中に読み漁っていて、地震が起きたらどう動こうかと考えているような人でした
しかし、突然の揺れ
地震当日
私は2階で自分の机のところにいて、その日も気象庁の地震の発生地のページを見ていました
しかし、そのとき何か嫌な予感がした
その瞬間
聞いたこともないような地球が鳴る音
直後に感じたこともない縦揺れ
これはでかいし、近いぞと思う間もなく激しい横揺れ
その前に母が家の前のスーパーに行くと言っていたのを思い出して、外へ出ました
外へ出ても激しく揺れている、地球が震えてると感じました
そして走ってお店の入口に行くと中からたくさんの人が一斉に出てきます
その中にいるかどうか探しましたが、なかなか見つかりません
ケータイにかけてもつながらない
そして揺れがおさまり、みんな店の中に入っていき、私も一旦、母からの連絡を待つために家に戻り、着いてすぐに安全を確認できました
こんなに、たかが2,300メートルしか離れていないのになかなか安否が確認できない
これがあの津波に襲われた町だと思うと、とても怖いです
人間ってこんなにもちっぽけなんだな、とまざまざと実感させられたと同時に、大きな命が失われてしまう恐怖を思い知らされました
そして、被災地では燃料、医薬品、毛布、食糧などあらゆるものが足りていない
しかし、被災地から離れた首都圏でも何故かモノがない
考えてみてください
今、もっとも必要なのは自分のためのお米でしょうか、ガソリンでしょうか
首都圏には十分すぎるほどあるのではないでしょうか
今日明日の死活問題ではないはずです
しかし、我々首都圏のこういった状況も一因としてあるために、被災地では最も必要とされているモノが届きません
死活問題なんです
テレビをつければ食糧が足りない、寒いなどといった悲痛な心の底からの声が聞こえてきて胸が痛みます
一方、米がすぐ無くなるからたくさん買わなくちゃ、と抜け抜けとテレビカメラに向かって答える主婦にとても腹が立ちます
日本人としての助け合いの精神、困った時はお互いさまの精神はどうしてしてしまったのでしょうか
今こそ冷静になるべきです
私の祖父の実家が松島の寒風沢という島にいます
そのほかの仙台にいる親せきは無事の確認がとれました
しかし、寒風島の親せきだけは、毎日母が連絡をしても全くつながりません
テレビでもその島のことは全く放送されません
あれだけヘリが飛んでいたのに全く映っていません
会ったことはありませんが、それでも心配です
毎日怖いと思いますが、冷静にならなければなりません
そして、被災された方々には我々は見放してはいない、あなたたちは一人ではないということを伝えたい
ご家族を亡くされた方には、他人の我々が何を言ってもその悲しみは我々には量り知ることもできない
空を見上げてください、その空の下には我々がいます
独りじゃない!
同じ国民をこれ以上苦しめないよう最大限、離れた地からではありますが、支援・応援したいと思います
