※8/24、稲盛和夫京セラ名誉会長が亡くなりました。

 

 稲盛会長と言えば、京都セラミックの創業はもちろんのこと、第二電電企画の旗揚げ、日本航空の経営再建など、戦後を代表する経営者として有名です。

 

 また、「人間として正しいことを正しいままに貫く」という人生哲学を持っておられ、常に「動機善なりや、私心なかりしか」

と自らに問うておられた信念の人です。

 

 「動機善なりや、私心なかりしか」とは、夢を描いて実現しようとする時、自分の動機の善悪(善とは、誰から見ても良いこと)について常に自分の心に問い掛けて判断しなければならず、自分の利益や都合、格好など自己中心的な発想で仕事を進めていないかを常に点検しなければならぬという稲盛氏の基本精神であり、小職の信念の核心を成すところです。

 

 今一度、稲盛氏の歩みとフィロソフィを振り返り、我が針路を定め直したいと思います。

 

 また、8/30には、ミハイル・ゴルバチョフ元ソ連大統領が亡くなりました。

 

 ゴルバチョフ元大統領と言えば、ソ連におけるペレストロイカの断行、中距離核戦力全廃条約の調印、ひいては東西冷戦を終結へと導き、ノーベル平和賞受賞者として有名です。

 

 54歳の若さでソビエト共産党最高指導者の書記長に就任したゴルバチョフ氏の最初の仕事は、崩壊寸前だったソ連経済の再生であり、共産党の一党独裁、社会主義の計画経済、秘密警察(KGB)による監視・統制などを抜本的に改革するため、「ペレストロイカ(建て直し)」と、その手段となる「グラスノスチ(情報公開)」を断行したことが、その後のソ連崩壊へとつながり、およそ半世紀に及んだ冷戦を終わらせることとなります。

 

 他方、現在も多くのロシア国民はゴルバチョフ氏の行った改革で引き起こされた混乱とソ連崩壊後の生活水準の低下を許すことができず、ゴルバチョフ氏の評価は国内外で大きく割れ続けています。

 

 大統領辞任後、度々来日されたゴルバチョフ氏とは、馬渡さん(衆議院議員当時)主催のセミナーの際、お会いする機会を得ることができました。

 

 ゴルバチョフ氏曰く、ペレストロイカとは、国民一人ひとりが自分自身のことを決められる国民主権の社会にし、国民の意識の中に自由と権利を与えるものであり、その手段でとなるグラスノスチとは、国家にとって不都合なことを含めて、国民が真実を知る権利そのものなのだと、ロシアの将来を救うのは民主主義しかないと強く確信していました。
 

 時にユーモラスな物言いながら、その佇まいは、確かについこの間まで強大な権力を持っていた指導者然とした堂々たるものであり、変わらず高い志を持ち、エネルギーに満ち、忍耐力を備えた姿が印象的でした。

 

 ゴルバチョフ氏がヴェーダから引用して語った「道は歩くことで作られる」との言葉を今一度噛みしめ、果たすべき我が使命を見つめ直したいと思います。

 

 

*8/30 知立市議会正副議長来所

(市議選後、臨時議会にて選出された正副議長が就任挨拶のために柴田事務所に来所されました。

 

 当初予定より40分遅れの到着でしたが、当日最後の訪問先とのことであり、何より、お二人が市議になられる前からの仲ですので、応接にてゆっくり話をすることができました。

 

 市議選後初の(9月)定例議会について、あるいは、議員間討議の在り方についてなど、話は多岐にわたりましたが、今後も市民の皆さんの期待に応えるため、ともに使命感を以って力を合わせ、事に当たっていくことを確認しました)

 

左:神谷副議長、右:中野議長
 

*9/2 安全・安心対策特別委員会

(まず、午前中に①明治用水頭首工(豊田市)を視察しました。

 

 漏水事故に伴う取水制限については奇しくも、先日(8/29)、工業用水に関しては、通常受水に緩和しました。

 

 なお、農業用水に関しては、すでに全面通水が行われています。

 

 漏水事故以降、農林水産省全国各局から農業土木の専門家を終結させて応急作業から本格復旧作業に従事しており、また、この間に水中ポンプを農水省、国交省、水資源機構から搔き集めて必要水量の確保に努めてきたところです。

 

 水利権を持つ明治用水土地改良区の事務局長からは、8月下旬のコシヒカリの収穫に間に合わせるよう必要水量が確保できたのは、県当局はじめ、農水省他の懸命の応急作業のおかげと感謝の弁を述べておられました。

 

 そもそも、明治用水は、水不足による農民の苦境を救うため、都築弥厚が文政5年、矢作川の水を碧海台地に導いて大規模新田開発を計画したものですが、農民や領主の反対は強く、計画は挫折。

 

 その後、岡本兵松と伊豫田与八郎が明治6年、都築の遺志を引継ぎ、反対農民の説得や工事費の調達などに苦心しながら、 明治13年に新水路中・東井筋、14年に西井筋が完工しています。

 

 なお、初代頭首工は明治13年、2代目は明治34年に整備された上、現在の3代目は昭和33年に国営事業で完成していますが、100年以上前に人造石(三和土(たたき))によって建造された旧頭首工は今も現存しています。

 

 先人の苦難に立ち向かう意志の強さに感銘を受け、後日改めて、都築ら開削者が祀られている明治川神社(安城市)に出向き、遺徳を偲び感謝の念を捧げました。

 

 

 

農水省全国各局から召集された職員の特設事務室

 

 

 

明治川神社

 

 続いて、午後には②豊橋中消防署に出向きました。

 

 大規模災害や特殊災害時に、消防庁長官の求めに基づき、全国の被災地に応援派遣される緊急消防救助隊を有する豊橋市消防本部には、①拠点機能形成車、②54メートル級(ビル18階程度)はしご車(全国4消防本部に配備)、③中型水陸両用車(全国5消防本部に配備)が配備されており、特に、①と③については、総務省消防庁(国)から愛知県内への配備要請に対し、豊橋市として積極的に取り入れたものだそうです。

(消防組織法第50条(国有財産等の無償使用)に基づき配備されるものの、維持運用費用は豊橋市負担)

 

 女性隊員16名を含む総勢340名体制で勤務に当たり、迅速かつ的確に消防および救急、ならびに災害救助業務に従事されています。

(ちなみに、豊橋市の消防団は、女性1分団を含む53分団、女性団員12名を含む1,168名)

 

 愛知県域では久しく、南海トラフ地震への備えの必要性が指摘されている上、過去(濃尾地震(1891年・M8.0)、三河地震(1945年・M6.8)など)に大被害をもたらした直下型地震に対する備えも必要です。

 

 愛知県では、大規模災害時に全国からの応援人員や物資等を円滑に受け入れ、被災現場や地域の防災拠点に迅速かつ的確に供給する基幹的広域防災拠点(約19.2ha)を、名古屋空港北西部(豊山町青山地区)に2025年完成予定で総額350億円を掛けて整備していますが、各市町村において、前述の2タイプの地震を想定した防災拠点および体制の整備が急務です)

 

 

拠点機能形成車

 

 

はしご車

 

 

水陸両用車

 

*9/3 道直し

(地元町内会主催の道普請に出掛けました。

 

 昔からの各集落では、現在でも年に数回、道普請(みちぶしん)と呼ぶ共同作業があり、生活道路の補修、草刈り、用水路の保全などが行われています。

 

 当日早朝には、久しぶりにお会いする皆さんの無事を確認しながら、手分けして組内に散らばり、汗びっしょりになりながら、道路の穴ふさぎ、草むしり、ごみ拾い、どぶ掃除など、きれいにすることができました。

 

 本来的に市行政の責任範囲である道路や側溝、河川などの公共物を住民の手で保全する取組は、住民相互の理解と協力による町内会の主体的行事として有益である一方、この間のゴミ集積所の立ち当番制が廃止に至ったように、特に道路側溝の清掃(溝さらい)について、専ら住民の負担に委ねることはかねてから問題視されており、市による定期清掃などの対応が急務です)

 

作業前

 

作業後

 

作業前

 

作業後

 

→ 墨志会展

(墨の濃淡だけで風景や人物を絶妙に描写する水墨画はいつ拝見しても感動します。

 

 依然、日本画家の千住博氏が墨で描いた、轟々とした水音が聞こえそうな勇壮な滝「ウォーターフォール」を拝見して以来、水墨画に心惹かれるようになりました。

 

 この間、お誘いを受けて幾度か拝見している知り合いの方の作品の出来栄えは、筆さばきに淀みのない素晴らしいものばかりでした。

 

 会場ではご本人ともお会いでき、作風や創作場面など、色んな話がお聞きしながら、じっくりと作品群を見て楽しむことができました)

 

 

 

→ 防災展

(防災をテーマにした展示会に出掛けました。

 

 1995年1月の阪神淡路大震災、2011年3月の東日本大震災では、それぞれ居住経験がある土地とあって、当時、友人や親類が多く被災しました。

 

 連絡手段も限られ、救援物資の送達もままならぬ状況下、気が気でない毎日が続きました。

 

 当地域では、南海トラフ巨大地震(東海地震、東南海・南海地震)の発生が想定されており、万全の備えを講じる必要があります。

 当日は会場では、被災想定地域の住民でさえ、防災意識が希薄で家庭内備蓄が脆弱であることなど、愛知ネットの松原さんから示唆に富む話をお聞きすることができました。

 

 災害が起きる前、いざ災害が起きた時を想定して、家族間の約束事を決めておくことが重要です)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*9/4 知立団地こども食堂

(外国人集住地区である知立団地において、子ども食堂が開設されるに当たり、現地に伺いました。

 

 かねてから、団地における外国籍市民の皆さんへの生活ルールの定着を進め、日本人と外国人が融和して協力する地域コミュニティを構築する取組に関わり、愛知県警と協力して団地内の違法(青空)駐車を一掃したり、団地内商店街の皆さんと協力して餅つきや夏祭り、ハロウィンなどのイベントに従事してきましたが、真の多文化共生に至るには道半ばです。

 

 依然、外国籍市民を取り巻く社会経済環境が厳しい中にあって、外国人コミュニティの中心人物である三浦さん(ONE DAY ONE LIFE)がこれまで担ってこられた役割は非常に大きく、引続き、生活支援のための物資支給を行ってくださっています。

 

 市行政は、この実態を把握はすれども、現行制度の枠組みに外国籍市民も当てはめて運用することを基本姿勢としているため、個々別々の事情に応じたフレキシブルな支援は現地で共に暮らす三浦さんのような方がボランティアで担っていただいているのが現状であり、16年前に知り合ってなお変わらず使命感を持って取組んでくださる姿には、本当に頭が下がります。

 

 今回の子ども食堂の運営に当たっては、ちりゅっ子かふぇの栗田さんやアグリ知立の高村さんにもご協力をいただいており、知立団地の現状や三浦さんの取組が少しずつ広がりを見せている一方、市行政による支援の取組が継続的になされず、現地のボランティアの皆さんに責任を委ねる姿勢は正さなければなりません)

 

 

 

→ 歌謡祭

(お誘いを受け、25周年を記念する歌謡祭に出掛けました。

 

 知立市内で長年にわたり、地域の皆さんに愛され、共に歩みを進めてこられたお店の周年祭とあって、多くのファンの皆さんが集まり、大盛り上がりでした。

 

 会場の熱気はもちろんのこと、大舞台で唄う知り合いの見事な姿、友情出演の踊りや唄の先生と社中の皆さんの舞台、そして、歌手デビュー15周年となる明日香さんの揺るぎない歌唱力に感激して帰ってきました。

 

 赤坂さんの一層のご繁栄をお祈りいたします)

 

 

 

 

→ ちりゅうロックフェスティバル

(パティオ知立の花しょうぶホールがライブハウスと化し、盛大にロックフェスが開催されました。

 

 個性豊かな出演バンドの皆さんのド派手な演奏に会場内は盛り上がりました。

 

 パパとママで結成された安城市のバンド「タイムマシーン」のステージでは、ボーカル、ベース、キーボード、ドラムスを女性(ママさん)が担当され、見事なチームワークで演奏されていました。

 

 聞けば、公民館のドラム教室で知り合った生徒さん同士で結成されたバンドなのだそうです。

 

 知立市でも、パパママ世代の様々なニーズに応える公民館講座の開設が求められると実感しました)

 

タイムマシーン

 

clover leaf

 

 

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