昨日のアメトーク。関西と関東で同じ内容なのかはわからないですが、関西では「読書芸人」でした

又吉さんいいわ~ すごく共感しちゃったわ。

でも面白いもので、東野圭吾さんとかメジャーな本を買うのが恥ずかしいという芸人さんが多数。 メジャーだから買うわけじゃないのに、そう思われるのがいや!だそうで。  

いやいや、いちいちそんな事思いませんって(笑) って思いながら笑ってしまいました 


これも自分で勝手に作り上げた世界観なんだよな~って。 
こだわりっていうのかな。
想像の中で自分で自分を縛ってしまう。

メジャーだから読むでもいいわけだし、自分が読みたいと思って買うことだけが真実なわけだし。そこに相手の反応や気持ちまで勝手に想像してあれこれ対策する必要なんてないわけで。 

でもそういう感覚は私も別のところであったりする。 
自分はタバコを吸わないのだけども、たまに買い物のついでに主人にタバコを頼まれるとものすごく恥ずかしい。  

コンビニで注文しようが、自販機で買おうが、

(あの人子供連れてるのにタバコ吸ってるんだ)って思われちゃう~~~~~って思う   

それは結局、自分がそういう目でタバコを吸ったり、購入してる女性を見てるんだよね。 

世界って自分の見方なんだな。こだわり捨てて、クリアでいる事がやはり大切だ!  


で、読書の話に戻るのですが、最近は文庫本ではなくハードカバーのものをよく読む。 小説は滅多に読まなくなったな~。エッセイとか自叙伝とかノンフィクションが好き。  

あと何故かついつい暗いものを手にとってしまう 図書館では、小さい女の子達が騙されて連れさらわれてインドで売春させられている現実とか、ネグレストとか、読んだあとずーーーーーーん↓となっちゃうものを読んでしまう。
 
知るべき事なんだけど、知ってどうしようもない現実もあって、でも知った以上は知らなかった自分には戻れなくて、ふとした時に脳裏によぎってまた落ち込んでしまったり。 これもクリアにするべき事なんだろうな~って最近は思ってポノポノしています。 

それでもなかなかに根強い。なので、今はなるべく重い空気感だしているものはタイミングではないという事で手に取りません。 気持ちが元気に明るくなるものを取り入れていたほうがいいよね  

現実逃避はダメだけど、本という娯楽はそれでいいと思う。 でも資料としての本はやはり必要な時に何度でもその情報を多くの人が目にできるように本としてあるべきでもあると思う。ネットみたいに電源もいらないしね♪    

なんかいろいろそれてますが、久しぶりに本を愉しみたいな~って思えた昨日のアメトークだったのでした