《続き》



水中から
無数のモンカゲロウの羽化が一斉に始まったのです

それはまるで湖面から
白い雪が舞い上がるかのような、
今まで決して見たことなどない、すごい数だった。


それを必死に 
捕食しようとする魚たち


これが噂に聞いたモンカゲロウのスーパーハッチ
  
凄い、圧倒される

すぐにワタシたちのロッドもしなり始める
面白いほどにイワナ、ニジマスがどんどん釣れる


でもこの瞬間は、またたく間に終わるんだ、  
そう、たぶん20分ぐらいで

私は夫に「時計見なよ〜」と言い
 
夫は「おっ!」と
ライズを追う視線だけは外さず
片手を上げる

二人とも、
平静を装っていたけれど、
内心はかなり動揺していた
もう、心臓はバクバク💓
だって、湖(みずうみ)専門ではない私達が、
図々しくも、こんなタイミングに合えるなんて、すごいラッキーだ。



音も密かに舞い上がろうとする
モンカゲロウとは対象的に、
バシャバシャと盛大な音を立てアタックしている魚たち


あー、こんな止むことのないライズの音を聞きながら
ロッドが振れるなんて、きっとこれが最後だろう、そう思った。


スゴイ入れ食いだった
フライがあっと言う間にイワナのぬるでペタつく

はやる気持ちをおさえ、 
フライの交換を数度繰り返す私達
 
このライズの終わりを告げる夕闇は、
もうそこまで迫っている
暗くて、だんだん毛ばりが見えにくくなってきた
老眼の今なら完全にアウトだ💦
若い時で良かった😂

とうとう手元が狂い 
うっかり私は、毛ばりを足元に落としてしまったのです。

その刹那、
底からイワナが
すごい勢いで現れたかと思うと
ひったくるように、
そのフライに喰いつき
「ぐい」とまた下へと潜って行きました。



「えっ😶」と、しばし唖然とす、こんな魚の行動
そしてこの距離感、普段ならとても信じられない。

ふと、辺りを見渡すと
横にいる夫の姿は、
かろうじての輪郭を残し
夜の闇に、溶け始めていました


暑すぎ、寒すぎ
明るくはないけれど全くの闇でもない、 
そんな一瞬をついて
モンカゲロウが次の生命を繋ぐため、
安全な水中から危険を承知で
外の世界を目指す時間(とき)

飛び立つ寸前に
サカナに狙われ、それを運よく例え逃れたとしても
わずか体制を整える枝葉の裏で、
今度はすぐさま鳥の標的となる

だからこんなにも沢山の数が必要なんだ

なんのために生きる
なんて、考える余地などない
なすべきことを成すため
今を精一杯、ただ生きてる


それを捕食しようと
これまた危険を顧みずその身を乗り出す魚たち


この千載一遇のチャンスを
逃してなるものかと、
これまた黙々とロッドを振る夫


みな、それぞれ必死で
なんだか、どこに感情移入していいのかわからなくなる
みんな、みんなガンバレだった
生と死が 
数珠つなぎになったような、
ある意味、生命力に溢れた瞬間のようにも感じた。

あんな景色見せられたら
どうしたって、とても謙虚な気持ちになってしまう私です。





「何してる!早く!もう終わるぞ!」と夫に言われ



そうだった。と我にかえるホモサピエンスの私(笑)




お互いの顔がやっと確認できるような暗さが落ちてくると



嘘のように湖は
しーんと、静まりかえった
何もなかったように、、、

なんて言ったらいいのかな
時空の扉が「サッ」と閉まったような不思議な感覚でした

さっきのは、一体何だったの?みたいな

兵どもが夢の跡か?




うっわあ〜!すごかったねー!!  
こんなタイミングに会えるのは、これが最後だね。と
私達は満面の笑みで「スゴい、スゴい」と手を取り合った


本当にあれが、最初で最後でした
一期一会なんだね
驚くような大物が
現われたわけではないけど、
釣人なら誰でも憧れるであろう、
とても稀有な瞬間に
有り難いことに立ち会えたと思っています。
 








あの瞬間に
もし私が、また合う事ができたのなら、、、  
黙々とフライロッドを振る
夫に会えそうな気がするのです。
オイルを塗ったハットを被り、 
膝上まで立ち込んだ彼に、、、。

その姿がやがて 
闇に溶けたとしても、 
聖なる夏至の日が巡り来る度、 
何度でも夫はあの場所で
フライロッドを振っているような気がする。 
 

こんなふうに雪が融けて
日が長くなると想うのです
時空がよじれたような
あの日の不思議な感覚を



そこに、確かにあなたはいたよね


これから厳かに、
季節は夏至へと近づいてゆく、

耳を澄ませると、
魚の跳ねる音が
聞こえてきそうな夕暮れです


確かに、そこに私達はいたんだよね


なんだか、スピッツの「流れ星」が、とても聴きたくなった


私もただ、今を生きる