・`ω・) 京都の大殉教について | ・`ω・) 役に立たない!カトリックまめ知識 & 雑学のblog

・`ω・) 役に立たない!カトリックまめ知識 & 雑学のblog

カトリック信徒以外の方々が、カトリックに対する素朴な疑問を解消することを目的として雑学やマメ知識を公開しています。たまにカトリックに無関係なことも書きます。



キリスト教はその長い歴史の中で、
迫害を受けた事が度々ありましたが、
(もちろんその逆も多々あります)
今日はその中でも、個人的に
思い入れが強い「京都の大殉教」と呼ばれる
史実についてお話します。

あっ、どうも僕です。フランシスコです。

時は、キリスト教が禁止されていた江戸時代。
キリスト教の信仰を捨てようとしなかった
52人(正確な人数については諸説あり)が
京都で火炙りの刑に処され、殉教を遂げました。
1619年10月6日の出来事だそうです。

驚くべきは、その殉教者たちの反応と言動。

幕府に捕まり、牢屋に入れられ、
いまから死刑執行されると
知らせを受けた殉教者たちは、
「みんなで今から神様の元に行ける!」と
なんと、歓喜に沸いたのだそうです。

このエピソードの中で特に有名なのは、
橋本テクラと呼ばれた、3人の子を持つ若き母。
炎が熱くて泣きじゃくる子供たちに対し、
自らも炎に包まれているにも関わらず、
最後の瞬間まであやしていたそうな。

処刑に怯まない殉教者たちに、観衆たちは、
「彼らの信じる”神”とは一体何なのだ」
と首を傾げたそうです。

と、ここまで書いて、なんとも恐ろしい
自問自答が、頭に浮かんでしまいました。
もし自分が、その52人の中に含まれていたら、
一緒に歓喜に沸きながら、死を受け入れたただろうか、
それとも、怖くて1人だけ逃げただろうか。

・・・自問自答を続けると、自己嫌悪に陥りそうなので、
あまり考えない事にします。

僕に言えることは、殉教者たちのハートが、
強くて、ぶっとくて、この上なく
尊敬に値するこということだけです。

・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

もしこの記事が面白いと思っていただけたら、
同じテーマの他の記事もご覧いただけると幸いでございます。