まだまだ暑い日が続くものの、朝晩はほんのちょっと涼しくなった今日この頃
みなさんはいかがお過ごしですか
アタシはピグカフェに振り回されそうなところを、必死で食い止めております
チリンチリンとベルを鳴らされ続けると、すぐにログアウト
「やってられっかっ
」
と、ドロンしてはバイトの2人に任せる日々…。
ほんま、頼りになるわ~
ピグカフェ初のイベントもやってはいるけど、ミトンをもらうまではどうにかなったが
その後がねぇ…![]()
どうにもこうにも…って感じやで、いや、まじで。
頑張ってくれてるバイトちゃんたちに着替えを用意してあげたいとこやけど、
ぐうたらオーナーfranは、夏バテを理由にそしらぬ顔をしようと思っちょります
ところで、、、
1ヶ月近く前に書いた記事『経験はタカラ♪』の主役、19歳の姪が8月末に
無事韓国から帰ってまいりました。
オリンピックが始まる頃に出国し、オリンピックが終わったら帰ってきたという…
まあ、身内としては正直なところかなり心配をしておりましたが。
日本よりもきっと心情的にはエキサイトしてるであろう韓国に、どストライクな期間いたわけやから。
ただ、行った先がソウルではなかったのと、お世話係として一緒にいてくれてた
学生さんたちがとても良くしてくださったようで、それは彼女に見せてもらった
写真でもよくわかりました。
姪自身もパソコンを持っていかなかったのと、部屋にテレビがなかったということで
さほど情報が入ってなかったのか、気にしないようにしてたのか、夏休み期間と
いうことで限られた人たちとの接触がメインやったみたいやし、
無事事なきを得たのはほんまよかった
身内の心配もどこへやら、「めっちゃ楽しかった~
」と言って帰ってきた姪も
今後、どうやってかの国と接していくことになるかわからんけど、向こうの
学生さんもきっと思うところはあったやろけど、それでも姪たちが気持ちよく
あの期間を過ごせたということを考えれば、個人同士の交流ができないわけでも
ないのかなって思ったりもする。
反日教育は受けていても、どれだけ日本のモノが規制されていても、
それでも日本が好きだと言ってくれる若い人たちがいる。
兵役について除隊してからも、日本からの留学生を快く迎えてくれる人たちも
いる。
ほんまに…
ほんまに、双方がそれぞれ思うところは多々あるやろけど、それでも
生まれ育った国は違えど、お互いに向き合い、話題を共有しあい、
ともに学び歩んでいけるのなら…と考えると、アタシが若かった頃にはなかった
感情なので、少し羨ましかったりもする
アタシが一番最初に「韓国」に触れたのは小学校の時やった。
クラスに転校してきた子が、実は在日の子だった。
何も知らずおうちに遊びに行ったら家族のアルバムを見せてくれて、
その子のお母さんが見たことのない衣装を着ている写真があった。
そう、チマチョゴリ。
もちろん、その時はそれがどういうことなのか全く理解してない。
その写真をすごく自慢げに見せてくれるので、みんなでウンウンと見てただけ。
別にフツーにみんなと一緒に遊んだのも覚えてる。
それと同時に覚えてるのが、その子がやたらとよく泣く子だったこと。
泣くときは決まって、怒りながら泣く、ということ。(ちなみに男の子です)
小学校時代とはいえ、そんな泣き方をする子は他にいなかったので
よく覚えている。
あれから数十年…。(イヤン
)
また違ったカタチで「韓国」に接するようになり、今は残念ながらあまり
いい感情ではないけど、この、落としどころが見えない状態がいつまで
続くのか…。
アタシらの頃と姪たちの今とは、状況が全然違う。
いい意味でも悪い意味でも情報がたくさんあって、自己の判断でいかようにも
なったりする。
10代最後に出会ったかの国の友たちと、できればずっと交流をもっていられる
環境であってくれるといいな、と伯母は思ったりするわけだ。
そうそう、アタシが貸したスーツケースには、お土産として大好きなサツマイモの
お菓子を入れてくれてた



