要介護5で自分で出来ることは
日々少なくなってきています。
出来ること
1、話すこと(声が出ないので聞き取りにくい😭)
2、携帯電話、テレビのリモコンの操作(テレビ嫌いで見るものがないと言ってるがすることないから仕方なしに見る)
3、食べること(誤嚥があるといけないのと啜れないので麺類✕、ご飯は好きじゃない、パンやお菓子は好きたけど栄養なし。量も小さいシュウマイ2個で終了。完全栄養不足です。ゼリー状の栄養があるものを買って行こうと思います)
昔から母の話は自分の若い頃の話か(無意識に自慢?)
義母にいじめられた話ばかり(確かにおかしな姑でした)
実の両親はお金持ちで昔は身分?(笑)が高い位置にいたので何不自由なく育ったけれど子どもをコントロールする所謂毒親ですね。
結婚したら姑は頭おかしいし(私の祖母ですが)
旦那もモラハラで苦労が絶えない人でした。(まだ生きてるけど)
歩けなくなり身体も傾くしヨダレもでるし
なんでこんなふうになったのか
まじめに生きてきたのにと
悲しい怒りを通り越して絶望の声を受け止めるのは
辛いです。もちろん母が1番辛いけれど。
生きるってなんだろうとかんがえさせられます。
自分で働き、歩いて、食べて、考えて、そして生きていけるって素晴らしいことだ。
いつか出来なくなる日までそう遠い未来ではないと感じます。
支離滅裂だけど今の気持ちとして
記録しておきます。
一度読み直してみると母の人生酷い人生だ!と思われそうだが
確かにお金持ちではないが
結婚後も習い事はお金がかかるものでも何でもしていました。
外に働きに出ることはなく世間知らずでした。
海外旅行も祖父母に比べたら少ないけれど(祖父母は世界中行っていました。)
けれど母も韓国、ハワイ、ヨーロッパ各地行ってますし国内でも私と京都や箱根など行ってます。
温泉嫌いで行く所も少ないけど。
スキーしたりスケートしたりなーんにもしてないわけじゃない
お化粧品も美容院も好きにしていたし
私からすると贅沢していましたが
母の両親はもっと金銭的に余裕もあり、親戚も何不自由ない人達が多いので(経済的にだけね!)
一番底辺に感じていたのかもしれないですが…
なので私がいつもお金がなく(旦那さんのお給料の額を言ったら驚かれてしまい、どーやって生きていくの?と今でも心配されてます。それ以後言ってません。弟のところと年収か倍以上違うから😭)
なので私は子育てしながらできる範囲て働き
投資をして増やすことになったわけです。
両親は投資をすることに嫌悪感があるのでしていることは言ってません。言ったら説教される。
人の幸不幸って物差しが違うから一概に言えないです。その人が不幸だと言えばそうなのでしょう。