ここ数日新しい作品の構想を練りながらやっと台本作成メモにかかったのですが、書いてるうちになんだか深まってしまって…動きやなんかを付けていくのはまだまだ先だしダンサーとの共同作業でどんどん作品自体が変容してゆくものなので、私の場合初期の段階では言葉であんまりイメージを限定したくない方なのですがあせる

今回どう間違ったのか、これ(台本)だけでひとつの作品に仕上げたくなってしまいました(;^ω^A

べつに書いてるうちに自分の言葉に酔って止まらなくなった得意げとか主題が言葉だけで十分表現できるというわけではなく、かっこよく言うと「ことばの身体性」のようなものにふっと引き込まれてしまったのですとかげキラキラ

言葉と身体は相反しながらもお互いに補完しあうおひなさまような性質があるので、ふつう舞踊作品に言葉を使うときはとても気を使います目
世界をあらわすときに言葉でつむぎきれない部分が身体の領域あしなので(といっても完全に分離しているわけではないところが余計に複雑なのですが)そのへんをよく観察し理解しながらでないと、最終的に仕上がったものが舞台にわざわざ上げる必然性のない作品になってしまう、というのはよくあることです┐( ̄ヘ ̄)┌

「言葉で言えばいいじゃん…」

て観客に思わせてしまうのですね叫び

で、今回その台本を書きながら、逆になんとなく、肉体(空間性)を持ったことばみたいなものを探求してみたくなってしまいました。

具体的に書くと超長くなってしまうので(笑)というか専門家が書いたそのテの研究書が無数にあるくらい深いことなので私なんかが言うのはやめますが\(゜□゜)/とにかく、中編くらいの長さできっちり一冊書いちゃお~ひらめき電球と思いましたロケット
ただの趣味なので許してね。


…いつ仕上がんのってかんじですが…
ほんと、本末転倒だよ( ・д・)/--=≡(((卍


それはまぁ良いとして。

なんか書いてると日常生活から意識が自然と、文体とかいろんな作家とか人々が話すことばに向きます本

私はなぜか、(とくに)女流作家といわれる人種があまり好きではなく、感覚的に敬遠する部分がありました(まぁあっちからオコトワリされると思うけど(・∀・))。

なんでだろーと思ったのですがたぶん、私小説じみたものを書く人が多いからかなという結論に達しました汗
そして情緒に流れる。
すべての表現に私小説じみたところがあるとは思うのだけど、それを芸術にまで昇華させている作品が極めて少ない印象なのです。
登場人物の名前だけ変えてあとは自分の人生語ってるだけ、みたいな。ちょいちょいステキな表現でごまかして感動させて…
安っぽい読者にも問題があるのかな。

どうでもよくないことをそのまんまどうでもよくない風に書いたって仕方ないのにね。
だったら徹底してバカなことを主張してるひとのほうに、私はアートを感じるかな( ´ー`)
女性でそういうひとは一人も知りませんが。

「好みだよ」といわれるとそれ以上なんも言えないけれどドクロ

あと顔つきがなんだかキライビックリマーク
ベッタ~リしているというか、目つきの良いひとが少ない気がする…なぜなんだろうか。
人間の業みたいなものを正面から見つめ続けているからでしょうかはてなマーク

…最後なんだか悪口みたいになってしまいましたo(_ _*)o

そういえば最近うちの店に入ってきた20歳前の新人さん、彼女の顔つき、というかオーラナゾの人に上記の特徴があってなんとなく近寄りがたかったのですが、今日何箇所かリストカットの治った跡を見つけてしまいました汗

妙に大人びていて必要以上に気ィ遣いで、美人なだけにそういうことがいちいち痛々しくてハートブレイク
あぁ、苦労したんだなぁ…なんて、勝手に守ってあげたくなっている私がいました(*_*)

人生なんてバランス取れてるものだから、きっとこれから誰よりもしあわせになるんだろうなとほくそ笑みながら…( `ิิ,_ゝ´ิ)…