私は昔、自己肯定感が低かったです。
テストで99点だと永遠と100点を取れなかった自分を責めて永遠と勉強し続け、バイトでミスをした日は自分に罰だと言い聞かせご飯を抜いたり、今思うと訳の分からない行動をしていました。
親に幼少期体罰を受けていたのが原因だと思います。昔は怒号や体罰が当たり前だったので、親がそうしない日は自分で自分を責めいました。
また、家が田舎すぎて近所に人が住んでおらず、泣いて叫んでも誰も助けてくれないんだ、ひたすら我慢すればまた元の優しい父に戻ると、いつも耐えていました。
父から、家でこういうことされていると、心配させてしまうから、祖父母にも誰にも言ってはいけない、と口止めされていました。
今でこそ仲良くくらいているものの、昔は憎くて憎くて仕方ありませんでした。何回早く死んでくれないかと願ったか分かりません。
そんな親に育てられ、私の完璧主義な性格も相まって、私の自己肯定感は本当に低かったです。
何をどれだけ頑張っても、自分を認めてあげることができない。頑張らなかったら、ますます自分を責めて認めてあげるとこができない。自分が大嫌いで、こんな私に産んだ両親も大嫌いで、いつもこの家に生まれたことを後悔していました。
うつ病になり、ますますその傾向は悪化していきます。一番ひどい時は、文字通り薬で思考が停止しているので、何も考えなくて済みました。
しかし、回復してくると、うつ病のキッカケを作った祖父や、うつ病で死にたいです、と言った私の顔面を殴った父への憎悪、恐怖が堪らなくなりました。
自分も認めてあげることができない。他人も認めてあげることができない。
負のスパイラストで、泥沼にハマってしまいました。
そんなある日、寝たきりでさすがに自分が臭いな、久しぶりにお風呂に入ろうと決意し、勇気を出して部屋の外に出ました。
久しぶりのお風呂は本当に気持ちが良くて、何でかよく思い出せないのですが涙がぽろぽろ溢れていました。
お風呂から上がると、祖母と鉢合わせてしまいました。
しまった。
誰にも会いたくないのに鉢合わせた、早く部屋に戻ろう。
そう思った時、祖母が、
『一緒にご飯食べよう』
そう言ってくれたのです。
今まで、誰にも必要とされなかった。誰も私のことを気にかけていない。うつ病になっても、誰も心配していない。
勝手にそう思っていました。しかし、現実は違ったのです。私のことを心配してくれている人がちゃんといる。
祖父母と一緒に暮らしていた幼少期に、こう言われたのを思い出しました。
『おばあちゃんは、兄弟4人みーんな大好きだよ。でもね、りんりんが一番可愛くて大好きで仕方がない。』
ご飯を食べようって言われたのが、どれだけ嬉しかったか。うつ病で心が荒んでいた私の心がどれだけ救われたか。今まで誰も必要としてくれなかったのに、こんな私でも声をかけてくれる人がいるんだ。嬉しくて嬉しくて、またぽろぽろ泣いていました。
この日から、私は家族と一緒に食事ができるようになり、うつ病が回復の兆しを見せました。
一つづつでいい。何か一つでも、自分を認めてあげられるキッカケがあれば、そこから少しずつ、自分を認めてあげられる。自己肯定感が無いに等しかった私が、今ではたくさん自分を褒めてあげられるようになりました。