私はずっと、色々なことが許せませんでした。

生真面目で頑固な性格のため、常に〇〇でなければならない、という凝り固まった思考の持ち主でした。

体罰のある厳しい祖父に育てられた、これまた体罰のある厳しい父に育てられた私は、うつ病になって「死にたいです」と言った私の顔面を殴った父をずっと許すことが出来ませんでした。

幼少期から躾だ、と言っては怒鳴り声をあげて体罰を繰り返す父が嫌でした。

中学の時テスト前日なのに、夜中にお姉ちゃんが何かやらかして兄弟全員、深夜まで廊下に正座させられていたりしました。

私は大人しい性格ですが、姉は反抗しまくり、いつも一番に怒られているのは姉でした。私は、いかに殴られないようにするか、姉を見て学習し、ひたすら良い子になるように努めました。反抗期もなく、ただ怒られないようにビクビク生活していました。

ある日、父からこんなカミングアウトをされました。

自分も上司のパワハラを受けて、うつ病だった。

そうだったのか、この人も父親である前に、1人の可哀想な人間なのだ、そう思いました。

祖父から片方の耳がほとんど聞こえなくなるまで竹刀で殴られたり、大学の時に祖父の会社が倒産して、自分の夢を諦めて何もかも捨てて夜逃げを経験したそうです。

この時、私は初めて今まで許せなかった父を許すことが出来ました。

父親という枠に入れて見ていたから、こんな人は私の父親じゃない、どうしてこの人の元に生まれてきてしまったんだろう、ずっとこの家に生まれたことを後悔していました。

しかし、見方を変えれば、私はこの不幸な家系を変えるために、この家に、この父の元に生まれてきたのかもしれない、父を止めることのできない、苦労ばかりしている母を助けるためにこの家に産まれてきたのかもしれない、そう思うようになりました。