専門学校に通い出して、就職活動を控えた時期。
就職のお願いをしに、お姉ちゃんと神社巡りをすることにしました。
場所は熊野古道、三輪山、伊勢神宮、高野山。
お金も時間もそんなになかったので、安いドミトリーを探して毎朝始発で巡りました。
神社で高校と大学のときに巫女さんのアルバイトを年末年始にしていました。その頃から、なんとなく人がお祈りしている姿は凛としていて美しいなぁと神社が好きでした。
両親に連れらせてやってきている小さい子が、真似をしてパンパンと両手を叩いてお辞儀している姿が可愛らしかったです。
今回何のために高野山に来たかというと、結縁灌頂のためです。仏様とのご縁を結んで強くするための儀式だそうです。宗教関係なく受けられます。
山登りなんて遠足でしかしたことないのに、と不安で仕方ありませんでした。
三輪山はハイキング気分では登ってはいけない、とても神聖な場所と聞いていましたが、入山の時、お山で見聞きしたことは他言してはならないなど、厳しい規制がありました。
高い山ではないけれど、初心者の、体力のかなり落ちている私にはとてもキツくて、ぜぇはぁ言いながら登りました。でも、その時思ったのです。
私は少し精神を病んでるけど、五体満足だからこうやって登れるんだなぁ。
両足があるから一歩ずつ自分で好きなペースで上に登れる。
両手があるからうまくバランスを取れる。
こうやって苦しい思いができるのも、体が自由に動くからだ。
寝たきりの時はそれも出来なかった。
途端に、苦しいけど、自分の体が動かせることが有難いと感じるようになったのです。
今まで当たり前にしか思ってなかったことが、こんなにも感謝することなんだ。
「また、元の健康な体に戻りたい。
うつ病を治したい。」
どんなにお医者さんに通おうが、どんなに大量の薬を飲もうが、お医者さんもお薬もうつ病は治してはくれないのです。
ただ、治す手助けをしてくれるだけなのです。
何がうつ病を治してくれるのか。
それは、「自分」です。
しかし私はそのことに気づけずに、お医者さんや薬にひたすらすがっていました。
こんなに通ってたくさんお薬を飲んでいるのに、どうしてちっとも良くならないのか。
薬さえ飲んでいれば勝手に良くなるのではないか。
何のためにこんなにお金と時間を割いているのか。
心のどこかで、そう思っていました。
もちろん、適切に必要な治療を受けることは必要です。自分がうまくコントロールできない時期は、頼ることが大切です。
でも、お医者んやお薬を一方的に頼りっぱなし、当てにしっぱなし、では一向に良くならなかったのです。
私は今まで、心のどこかで、もうこのままうつ病のままでもいいや、と思っていました。
大量の薬を飲むと落ち着いた気がするし、側から見たら全然出来ていなかったのですが、それで自分をコントロールしている気になっていました。
「うつ病を治したい」
そう心の底から思ってから、だんだんとお医者さんも薬も必要なくなりました。
他にもうつ病が治った要因はあるし、これだけが全てではありませんが、私の場合はこのことがキッカケでした。
もちろん、誰しもが病気を治したくて病院やクリニックに行って薬を服用しています。病気になりたい人なんてそうそう居ません。
治らない自分やご家族を責めたりイライラすることがあったかもしれません。
治りたい、という気持ちばかりが先行して、なかなか治らないこともあります。
中には、病気を一生共にしなければならい人もいらっしゃるかと思います。
でも、治る可能性のあるものなら、本人に治る意思がないと、お医者さんもお薬もどうしようもできない、そう気づいたのです。

