東日本大震災(東北地方太平洋沖地震) | FRAM-フラン-ブログ

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FRAMです。
以前ネットラジオやらモデル活動やらしていた関係のブログ記事などもあります。
今は日常生活でのあんなことやこんなことを。

お久しぶりです。
FRAMです。


東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)より1ヶ月経ちました。
まず被災された方々へお見舞い申し上げると共に、
お亡くなりになった方々へご冥福をお祈り致します。




私はこの1ヶ月間でたくさんの経験をしました。

このブログに私の3.11からのまとめと感想を記載したいと思います。


※久々に長文です。あくまで自分自身のまとめとして記載します。
 お読み頂く際は事実関係、時系列等、結構ばらついてしまうかもしれません。
 あくまで個人の体験、意見として予めご了承ください。


私は茨城県土浦市の実家(祖母の家)に住んでおり、祖母、叔父、妹そして私の4人で

現在は生活しています。


【震災当日】
仕事も休みだったので、家でのんびりとアニメを見ていました。
そこで突然地震警報機から
『地震発生30秒前大きな揺れがきます』と、
私一人の家の中、鳴り響きました。


茨城県は普段から地震の多い地域ですから、
よく警報機が鳴るのですが、大体5秒前程度からの警報が多いのです。
今回は30秒前の警報・・・
これは余程大きな地震なのかもしれないと判断し、少しだけ身構えました。


そこで大きな揺れが発生。
とりあえず玄関を開け、命とある程度の物資を確保出来るようにして、外に出ました。
すると近所の方々も外へ避難している様子が見え、これは相当デカイ地震なんだと感じ

ました。


その後も大きな揺れは続き、家の中からたくさんの物が落ちる音が聞こえました。
(元々汚い家なんですがw)
開けていた玄関からは大きな鏡が倒れて外に飛び出してきました。


すぐに情報を得るために家に入りTVをつけましたが、つきません。
携帯電話のラジオをつけました。

そして私は外出している祖母と仕事中の叔父の安否、医療系の学校に通う妹が病院で実

習中だったので、妹とその病院の様子が気になりました。
家の電話も携帯電話も繋がりません。
確認してみると停電していました。


同時進行で私はツイッターを見ていました。
どうやら各地で被害が出ている事が伺えました。
ツイッターもすぐにサーバーダウンするだろうと思っていたら、
常時繋がっていて、ツイッターを使用している知人とはすぐに連絡が取れたので、一人

で居た私はある程度安心が出来ました。

しかしテンパった私はデマ情報をRTしたり、だいぶ余計なお世話をしていましたw

(今思うと情報精査能力のなさ、当たり前の管理が出来てなかったです。
 本当に申し訳ない・・・。
 冷静に考えればすぐ分かるのに、全く自分けしからんwww)


その後祖母が無事帰宅、叔父も仕事から渋滞に巻き込まれつつも帰宅。
妹の安否が分からないまま、電気が使えない状況なので物資と毛布を積んで一先ず車へ

避難。
ワンセグTVとラジオで情報を収集しました。


その後妹は帰宅予定時間からかなり遅れて夜帰宅しました。
実習生とはいえ、病院内で非常時の対応をしていたのと、渋滞、
やはり携帯電話は役に立たず、連絡出来なかったそうです。
実習先の病院は大丈夫だったとの事でした。


そして妹の車にも家にある物資を積めるだけ積んで、車で暖を取りました。
これは一晩明かすしかないかもしれないと思った、多分23時半頃、電気が通りました。

そして家に入ると水が出ません。
断水です。(料金未払いで私は何度か経験有w)


余震の続く中、電気がついたありがたみをかみ締めつつ、
日常の光景がとてもありがたいものだとさらに実感をした一日でした。


【親友の弟くん】
震災が起きて0時が過ぎた真夜中、公衆電話からのベルが鳴りました。
『弟が死んだかもしれない』泣きながら公衆電話から親友は泣きながら言った。

親友の弟は会社員で福島の港方面で働いていたそう。
探すのに協力して欲しいとの事だったので、スマフォで出来る事なら全てやると言って、私は様々な検索をしました。
しかし欲しい情報はなかなか見つからず、大した役には立てなかったと自分では感じています。

早朝彼女からメールで弟が無事だったと報告を受けて、私は安心して眠りました。


【被災者の定義】
生まれて初めて防災警報を聞きました。
茨城県はかなり多くの地域が断水をしていました。
その警報が一日に何度も何度も街中響いていました。

私の住んでいる土浦市は断水が3,4日続きました。
ペットボトルやバケツなど、家にあるあらゆる水を入れる容器を探して小学校で水を確

保しました。


断水で何よりも不便になったのはトイレでした。
人間ですからいろいろと出さないと大変ですw
なんでだかトイレの神様がリピート再生ですよ。


私の近隣で不便を強いられたのは水のみでした。
電気、ガスは大丈夫でした。


その時、関東各地では計画停電なるものが行われると発表。
しかし茨城県は被災区域という事で停電はしません。
(最初は区域でしたが、被災地域が多かったので抗議があったらしい)


そして同時進行でツイッターをしていました。
そこで節電を呼びかける運動をしている方々がいると知り、
それに賛同した私はあくまで自分で出来る事として、
給水所に自作のポスターを貼らせて頂きました。


ニュースで流れる津波被害の方々に比べれば、
私の住んでいる地域は弱被害であると判断したからです。
それに他地域は計画停電を強いられているのです。


当時はまだ各メディアでは節電を呼びかけている事が少なく感じ、
年配が多くインターネットをしている人が少ないであろう私の住んでいる地域では
ポスターでの呼びかけに効果があるかもしれないと思ったのです。


いざポスターを貼ってみると、年配の方々が『電力足りていないの?知らなかった』と

話しかけてくれました。

あくまで自己満足の範疇ですが、少しは効果があったのかなーと今は思います。
その後は水が各家庭に配給され、各メディアで節電を促す報道がされたのでポスターは

回収しました。


『トイレットペーパーがない』そう聞いたのは、まさに 買い占め が報道された頃でし

ょうか。
私の元上司(パパw)と電話していると、中野区内のスーパー等でトイレットペーパー

を探したのに見当たらず、仕方なくキッチンペーパーを購入したとw
我が家はストックがあったし、配送業も東京方面なら動いている様子だったので、茨城から送りました。


私は東京にも5,6年住んでいましたから、その状況が全く信じられませんでした。
あまりの苛立ちにツイッターで怒りをあらわにしたりしましたw


電池がなくて困っているという友人もいました。
ガソリンがなくて困っている友人もいました。


被災者の定義というのは非常に難しいものですね。
我が家も被害はありました。
ただ私は決して自分が被災者だとは思いません。少し不便をしただけです。
しかし他者から見れば我が家も被災者かもしれません。

まぁそこは各個人が決める事ですから、例えば計画停電があった地域にお住まいの方も

、感じ方によれば被災者でしょうね。


【原発】
私は昔、東海村原発事故を少しだけ体験しています。

茨城県内の事故とはいえ、土浦からはかなり離れているので大人たちが『怖いわね~』

と言っているだけでした。
しかし仲の良いお姉さんが『私の友達が被爆したかもしれない』と言っているのを聞い

て、よく分からないけど何だか怖いんだなーと思った事を覚えています。


今回の震災での大きな被害の原因は津波でしたが、まず東海村の原発は大丈夫かと心配

になりました。

しかしご存知のとおり、大きな問題は福島原発でした。
福島は上隣の県です。土浦まで距離は約120km。


最初は『福島大丈夫かなー?』程度でさほど心配していませんでしたが、ある程度の情

報収集は必要です。

そんな時、元上司(パパw)から、CS朝日ニュースターのニュースの深層を見ろと指示があったので、リピート放送を見ました。
葉氏の担当の日でゲストはノンフィクション作家の広瀬氏でした。
そこで原発への危機感が高まりました。
 (パパからは予め広瀬氏は反原発の方らしいと情報が入ってきていたのである程度フラットな状態で見ています)


そこからは
『なるべくたくさん情報収集して精査して処理して正確に理解する。または伝える』を重点においています。

私は家族や大切な人を守りたいと思ったからです。
しかしそれも各個人が決める事なので、あくまで自己判断に委ねています。


私と東日本大震災は以上です。

ツイッターではリアルタイムFRAMが見れますw

@FRAM0707


次回は【東日本大震災で私がしたこと】をまとめたいと思います。