こんにちは あおいです。
今回は前回の続きです。俯瞰の実践について、宇宙的なことを絡めて書いてみます。
文章でうまく書けるか心配だけど、よければお付き合いくださいな。
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以前も書いた通り、私の俯瞰のやり方は『自分と友達になること』で
それには『自分を二つに分ける』必要があるんですけど、
それはただ自分を分身させるってことじゃなくて
自分を『入れ物』と『中の人』に分けるっていう意味です。
……すでに宇宙の匂いが。笑
みなさんもそうだったと思うんですが、
「ツインレイに出会ったかも?」って気づいてランナーやチェイサーについて調べてたら、遅かれ早かれ……というかわりと早い段階で「魂」とか「宇宙」とか、そういうワードにたどり着きますよね。
「ツインレイは一個の魂を半分に分けて生まれた陰陽の存在で……………………」
っていう話はもう、よくご存じだと思うので省略ですが
今回『俯瞰』についてはその『魂』の視点が必要で。
ツインレイというより少し広い意味の、スピリチュアルそのものにおける魂です。
人間として生まれる前の、ずっと前の「わたし」や「あなた」!
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生まれる前といえば
よく、小さい子がお母さんのお腹の中にいた時のことを覚えてるよー、なんていう話がありますよね。『胎内記憶』ってやつです。
今回はそこよりさらに遡って、
「お空からママを見ていて、このおうちがいい!このママとパパがいい!と決めてきたんだよ」
っていうあれ!
絵本とかにもなってるので一度は聞いたことあるかと思いますが、夢と希望があって素敵なお話です。
で、今回は『その頃の自分』にちょっとフォーカス!
生まれる前に両親を(もっというと地球を)見ていた場所がどこなのか、
大気圏外か天国か神々の世界か……それはわからないけども、
とにかく肉体を持たない魂だったころのわたしたちは、人生のプランニング的なことをしてからこちらの世界にやってくるらしい。
「どこの国の、どの両親のもとに生まれ、こんな容姿で……
そんでこういう経験をして~、最終的にはこうなります!」
みたいな。
中には相当ハードモードな人生にすると決めてくる魂もいるらしく、
それは多分カルマってやつに絡んでくるのかなと思うんだけど
「前の人生ではこんなことをして人を傷つけてしまったから、
次の人生では傷ついた側の気持ちを学びに行こうかな……」とか。
そういう事なのかもしれない。
ようするに、わたしたちがこれまで経験してきたことはみんな
偶然のようであり、魂が決めてきたんだから必然、ともいえるわけですね。
よく「神様は乗り越えられる試練しか与えない」と言いますが、
この理論で言うとそれは、
生まれる前の魂が「こんなこと経験してくるね!」と申告した時に
神様が「よし、じゃあ頑張っておいで」とオッケーサインを出したから。
……かもしれない。
よく言われるシリーズとして他に「子供は親を選べない」っていうのもありますが、
これについてはもう、魂が決めて来ちゃったんだから恨みっこなしというか、どうしようもない……!
恨んだっていいけど何も変わらなくて、単純にそういうスタート地点だっただけなんですね。
だからあなたもわたしも、彼も彼女も、今歩んでいる人生っていうのは
ある程度決まっていたってこと。
「今回はいよいよツインレイに出会っちゃうぞ!」とか
「いやいや、まだ早いよ 今回は自己統合まででよくない?」とか
もしかしたら魂同士、そういうおしゃべりもしてたかもしれないです(妄想です!)。
で、魂だったわたしたちは、いざ人間世界に飛び込んできたわけです。
わたし・あなた・彼・彼女という肉体を借りて。
……ってことで冒頭の『入れ物と中の人』というのは『身体と魂』っていうことなんです!
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魂側は自分でやると決めてきたので、楽しい事だけでなく人生に立ちふさがる壁にもガンガン向かっていきますが
身体側はそれによって喜怒哀楽、気分の浮き沈みに揺らされるし、ひどいと心身を病んでしまいます。
性格的にネガティブに陥りやすいタイプの身体側さんは、魂側の計画通り進むことが難しい時もあると思う。
でも、持って生まれた性格は変える必要がない(前回の記事参照)ということを魂は知っているので(だってそうなった環境さえ選んできてるから)、
一生懸命、わたしたちの身体の深いところから、時には励まし、そしていつも応援しているんです。
戦うロボットと操縦する人みたいなもんですかね……
(なんか微妙に違う気もするけど遠からずな気もします!)
そしてこの魂側の視点に立ってみると、魂(本来の自分)を運んでくれる肉体はとっても大事だし、とても、とーっても愛しいのです。
毎日ほんとうに頑張ってくれているし、沢山の経験をさせてくれるから。
わたしが魂なら感謝でいっぱい!
ありがとうってめちゃくちゃ思ってるとおもう。
魂「自分で決めてきたこととはいえ……身体ちゃん大変そうだな……」
なんてね、そんなこと思う時もあるんじゃないかな。
もし、あなたの大親友が悩んでいたら
きっとあなたはどうにか元気づけようと一生懸命励まして、応援しますよね。
それと同じことを自分を二つに分けてやるだけなんです。
わたしの身体に入った以上、わたしの魂が見る世界はわたしの両目に映る世界。
わたしの身体に入った以上、わたしの魂が味わう苦楽は私の経験。
誰のものでもない人生です。
前回、他人を変えようとしちゃダメだと書いたけどそれは、
例えどんなに嫌な奴だったとしても、その人の魂によってプランニングされた道の上でそうなってるから。
その人も計画書通りに生きていて、たまたま悪いタイミングでこちらと出会ってしまっただけなので……
できれば近づかないのが一番だけど、関わらなきゃいけない人だとしたら、
こちらも何かその人から得るものがあるということだと思うので
遠くからよく観察してみたらいいかもしれないです。
そうやって「そうそう、順調に進んでいるよ」と魂はいつも教えてくれてるはず。
だからなにか傷つくような出来事があった時
わたしがネガティブに陥ったとしても、わたしの魂はキョトン顔です。
「なんでそんなに悲しむの?」
「そのままでいいのに」
「人を羨まなくていいよ、君は僕のお墨付きなんだよ!」
「そのままでいいから、だから……」
「思考だけ変えたら楽だよ!」
わたしはなにか嫌なことがあったり悲しいことがあったら、中の人に相談します。
もうフツーに、何でも話せる幼馴染のように。
「ちょっと! 今のあの人の発言どうなの!?」とか。
そうするともう一人のわたしが内側から
「えーなんかやなことでもあったんじゃない? ほっとこ!」
みたいなあっけらかんとした返事がきます。
(返事させてるのは自分だけど)
最初は茶番でいいのだ!笑
頭の中で思ってるだけなら誰にも聞かれないし。
そのうち、甘やかして応援してくれる中の人の存在が大好きになって
いつだって一人じゃない感覚が得られます。
「外に出てきてよー。そしたらもっと心強いのに」
なんて思う時もありますが
中の人が外に出るとき、それは、わたしの人生が終わるときなんですよね。
(余談ですが、人は死ぬと体重が3グラムだか4グラムだか軽くなるらしく、一説ではそれが魂の重さなのではないかと言われているらしい、です!)
魂からしてみたら、わたしはいつか必ず終わってしまう存在。
魂は生まれ変わっても、この身体に入ることは二度とないわけです。
わたしの人生が残り何年、何十年かそれは魂しかわからないけど
終わりがあるから人は何かを愛しく思える。
魂からの視点。
私の思う究極の自己愛で、俯瞰で見たそのままの自分を愛する、許してあげるという学びと実践です。
他の人もそうやって生きているのだと理解ができれば、まわりにどうしてほしい、こうならいいのにというエゴも無駄だと気付けて、そのうち薄れていくと思います。
他人に執着してあがく(寄り道)より、自分に集中した方がプラン通りにさくさく人生は進むだろうし
そうやって中の人と一緒に自分を愛して、ご機嫌な自分でいる時間が増えれば……
そのうち波動とやらが上がって、本当の意味で笑う門に福が来て、
いつも幸せそうなわたしやあなたのそばに、つられるように素敵なご縁や出来事が集まってきてくれるんです。
それで、ふと気づく。
「あれ? なんかサイレント期間なのに辛くないぞ???」
って!