しばらく前、腎臓結石で苦しんでいる友人を見舞ったことがある。かれはかなり陰鬱な気分だった。だれでも知ってのとおり、この種の病気は気をめいらせるものである。わたしがそのことを言うとかれも同意した。そこでわたしは最後に結論としてこう言った。「きみはこの病気が気をめいらせるものだということを知っているのだから、気がめいることに驚いたり、不機嫌になったりしてはいけない。」このうまい理屈はかれをこころから笑わせたものだが、その効果はけっして小さなものではなかった。
1993、集英社文庫、p.21
…しかし、悲しみの裏には血球の多い少ないの問題があるのだということをよく知っていれば、自分のあれやこれやの理由づけなど問題にせず、悲しみを肉体のなかに押し返してしまう。そこでは悲しみはなんの粉飾もない疲労か、病気にすぎない。裏切りなどより、胃腸病のほうがずっと我慢しやすい。それにほんとうの友がいないなどと言うより、血球が足りないと言うほうがましではないか。p.17
「いつかはやるよ」という怠け者のことばが出てくる。しかし人間のことばとしては、むしろ、「現にやっている」と言うべきだ。なぜなら、未来をはらんでいるのは行動だからだ。p.162
悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する。成り行きにまかせる人間はみんなふさぎこんでいるものだ。p.288
