真夜中に時は止まる Episode1-1  | かくれんぼ

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私の物語の待避所です。
よかったら読んでいってください。

 

 

僕らは夜に動き出す

 

 

暗い世界。無音の世界。慣れない感覚。

 

「ルイ君、そのキューブ回収したら帰るわよ」

 

はい、と後方に向かって短く返事をする。振り返るとマリー先輩がにこりと笑って扉へと向かっていった。その背中には、すでに大きなキューブが担がれている。さすが先輩。もう仕事が終わったのか。僕も早くしなくちゃだな。肩に背負っていた風呂敷を床に広げながら、目の前のキューブを見上げた。

 

負の感情を詰め込んだ人間が出す巨大なキューブ。何度見ても圧倒される。それを夜の間に持ち運ぶのが僕ら『運び屋』の仕事。人間というのは僕らの何十倍もの背丈のある動物のことだ。通常、彼らはキューブの脇に横たわっている。寝ているのだろうが、時が止まっているせいで、死んでいるのか生きているのかはわからない。僕らと違い彼らは夜に寝るらしい。どうして夜に寝るのかは知らない。

 

人間は知っているのだろうか。世界が一日に一度だけ止まることを。世界は真夜中の一時間だけ動きを止める。時計の針も、人間の吐息も、星の動きも。人間界で起こるすべての事象が動きを止める。その間に、僕らはそれぞれのチームに分かれて人間界の調整を行う。例えば、翌日の天気を設定する『天気屋』、花や草木の成長・発芽を促す『生育屋』、人間の受胎・死亡を告げる『告知屋』など。仕事内容は毎日、指令という形で出勤後に上司から受け取る。内容はすべて僕らの頂点に立つ『神』が決めているらしい。見たことはないが。

 

さて。僕の今日の指令は、この目の前に横たわる人間のキューブを回収することだ。キューブ内には人間の出す負の感情が詰め込まれている。彼らは日中溜め込んだ負の感情を、眠っている間にこうして体外へ排出しているのだ。キューブは世界に持ち帰えられると、すぐに浄化屋へ渡される。『浄化屋』とはキューブ内の負の感情を浄化し、キューブそのものを消し去る仕事を請け負っている者たちだ。とてつもなく不便な循環だな、と思う。人間の出すキューブを僕らが集め浄化する。しかも毎日。なぜこんなことをしなければならないのだろう。運び屋として働く前に聞いた研修中の話では、そもそも人間たちは浄化装置を持っていないとのこと。効率が悪すぎる。浄化装置を設置すればいいのに、それは世界の均衡を破壊するとか何とかで駄目なのだそうだ。

 

対して僕らは勤務後、すぐに各屋備え付けの浄化装置へ詰め込まれる。装置内では青い光を当てられ、一日の疲労が浄化されていく。これがなければ、僕らもキューブを出さなくてはいけなくなるだろう。そんなのは絶対に嫌だ。だから、浄化装置は生きていくために欠かせないアイテムなのだ。そのせいか浄化屋は、僕らの世界で神に続き第二の地位を授かっている。しかし、実際に会ったことはない。性格には、浄化屋本体を見たことがないのだ。基本的にキューブ受け渡し所には下端の妖精が立っている。妖精にキューブを渡し、渡してもらうのだ。噂によれば、おぞましい顔をしているとか、大罪を犯した極悪人とか。妬ましさからか悪い噂が絶えない。それに対し、運び屋に関する噂はほとんど流れない。それは世界の中で僕らの地位が圧倒的に低いからだろう。良くも悪くも目立たないのだ。一体、第二位の地位を持つ浄化屋とは何者なのだろうか。この世界で意識を持ってから半年が経つが、いまだ分からないことが多すぎるな。

 

改めて、目の前にそびえ立つ巨大な黒紫の物体を触ってみる。ひんやりとしたその感覚は、心の奥をつつかれている気分になる。何度見ても気味が悪い。さっさと片付けよう。僕は両手でキューブを持ち上げ、風呂敷の上に置いた。そして、それを包み、肩に担ぐとすぐに扉へと向かった。あの扉が閉まれば僕らは向こうの世界へ帰れなくなってしまう。急がないと。

 

重いキューブに足を取られながら走っていると、突然ペンダントが黄色く光り始めた。大変だ。あと三分しかない。二十五時が終わってしまう。僕は全速力で走った。

 

「早く、急いで!扉が閉まっちゃうわ!」

 

扉の向こうで先輩が叫んでいる。僕はその声に応えようとスピードを上げた。しかし、それが運の尽きだった。床に転がっていた髪留めに足を取られ、僕は前転をするように尻餅をついた。その瞬間、背負っていたキューブが宙に放り出された。スローモーションみたいにゆっくりと上から落ちてくる。衝突したその瞬間、キューブは形を変えた。液体だ。ねっとりとした感触に身体中が包み込まれる。気持ちが悪い。

 

なんだよ、これ。

 

「ルイ君!大丈夫?ちょっと、ねえ、しっかりして!」

 

先輩の声が遠くに聞こえる。目の前はもう真っ暗だ。液体のせいで外が見えない。どうしよう。首元のペンダントは赤く染まり、残り一分を示していた。もう終わりだ。意識がだんだんと薄れていく。警告音が扉からなりだす。先輩、ごめんなさい。僕はゆっくりと意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 ねぇ。気持ちいい?

 

 私も。

 

 大好き。

 

 私、あなたのためならなんだってできる。

 

 教えてよ。

 

 愛してるわ。

 

キスして。お願い。

 

 どうして。

 

 嫌いなの?

 

 ねえ。

 

 答えてよ。

 

 愛してるって言って。

 

 うそつき。

 

 どうして、あんたなんかに。

 

 離れてよ。ねぇ。

 

 私のものなの。

 

 あの人は私のなの。

 

 大っ嫌い。

 

 あんたなんか嫌い。大嫌い。

 

 話しかけないで。

 

 うそでしょ。

 

 どうして。

 

 あんたなんか生きてるから。

 

 殺してやる。

 

 死ねばいいのに。

 

 消えて。

 

 お願い。

 

 彼を奪わないで。

 

 死んで。

 

 大嫌い。

 

 あああああああ。

 

 ああああああああああああああああっ。

 

 あああああああああああああああああああああああああああっ。

 

 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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