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青年は夢を見た。昨夜と同じ夢だ。部屋の中央には金色の粒子が舞っていた。招かれるように、そちらへ向かって歩いていく。
「やぁ、こんばんは」
粒子は嬉しそうに言った。いや、粒子という呼び方は失礼だろう。神、と今夜も呼ぶことにしよう。青年は神の前に座った。
「青年よ、答えは見つかったかい?」
青年は言った。
「見つかりましたよ」
神は興奮し嬉しそうに踊った。
「聞かせてくれ。自分とは何なのだ」
青年は一字一句丁寧に言った。
「自分とは、誰にも理解ができないもののことです」
青年の答えに、死神は動きを止めた。
「それは、どういう意味だ?」
「言葉通りです」
「嘘だ。そんなこと信じられぬ」
神は怒ったように部屋中を飛び回った。けれど、青年は動じなかった。これが真実であると言わんばかりに微動だにしなかった。
次第に神は動くことに疲れ、怒りを鎮めた。そして、青年に問いかけた。
「教えてくれ。私には分からない。どうして、お前はそのような答えに行きついたのだ」
はい、と青年は答え、次のように語った。
私は沢山の人々と触れ合いました。少女は、質問に答えることなく去って行きました。若者たちは、自分の意味よりも愛を満たしたいと答えました。屈強な男は、自分は変えられると言いました。老婆は、死んだ猫の元へ行きたいと言いました。死神は、自分のことは分からないと答えました。
つまり、自分という存在は人によって様々な形で表れています。統一された存在ではないのです。誰もが、独自の自分を持っているのです。だから、誰かが誰かの自分を想像することも理解することもできるわけがありません。
そして、完全に自分のことを知っている人間は一人もいませんでした。自分を変えられると言った男は、変わった自分を他人から評価され、初めて確信を得たと言っていました。
自分を自分で完全に理解することはできず、また他人が他人を完全に理解することもできない。
「これが、私が辿り着いた答えです」
神は何も言わなかった。そして、そのまま数分間、部屋の中は静寂に包まれた。
「そうか……」
神が溜息を吐いた。
「では、私が彼を救うことは不可能だったのか?」
寂しそうな声がこだまする。
「一体、私はあの時、どうすればよかったのだ。彼は死ぬ運命だったのか。死ぬしかなかったのか。苦しかったろうに。どうして」
「そんなことはありません!」
青年は大声で言った。
「確かに、彼は死にました。けれど、私は死後の彼に会いました。死神として仕事を全うしていました。帰り際に、私は尋ねました。神を覚えていますか、と。彼は答えました」
〝忘れるわけがないさ。神は私を知ろうとしてくれた唯一の存在だ。ずっと忘れないよ〟
その瞬間、神は光彩を増し、目映いばかりの光を放った。そして、やがて粒子は姿を消し、部屋の中は白金の光に包まれた。眩しくて目が開けられない。
神は私に言った。
「そうか。やっと、分かったよ。私はもう天界へと戻ることにする」
「はい」
「青年よ、ありがとう」
部屋の中から徐々に光が消えていき、完全に光が無くなると私は意識を失くした。
そして、再び目を開けると、そこはいつもの朝だった。ふと枕元を見ると、小さな粒子が一粒落ちていた。