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招き猫がきた。

起き上がりこぼしの招き猫が。

昨日、ある先生の退官記念パーティーの席。

たくさんの花束、祝辞。ゲストにバリトンの歌手が居られて、歌の贈り物があった。

科学者であり、母であり、教育者である先生のパーティーには、研究仲間、恩師、教え子、ご家族、

その他様々の活動を通して知遇を得られた人々が集った。

A先生との知遇を得たいきさつは今はさておき、出会った数年前から変わらず、

定年とは思われないエネルギッシュな感じ、若々しくお洒落なのである。

パーティーがお開きの後、参加の一人一人にプレゼントがあった。

メッセージが、あった
「…この度ご用意させていただきました品は、起き上がりこぼしの原理の置物です。

三種類ございます。招き猫の起き上がりこぼし、猫達磨、スイング魔女です。

どなたにどのお品がお手元に届きますか、開けてからのお楽しみにしてください。…」

起き上がりこぼしとは、じつに、先生らしい、と思う。

身体科学の専門家としての長年の研究、からだの使い方の教育、大学教育改革への働きかけ。

あきらめない意思。異口同音に聞く「いつ寝ておられるのか」の言葉。

昨年、不慮の事故により、最愛の令息をなくされた。
自分を知ることは自分の身体を知ること。自分の身体と仲良くあること。
身体を知ることで、自然の中での不慮の事故を避けられること。
そのことを一人でも多くのひとに伝えたいと、心から思われているのだ。

包みを開くと、招き猫があらわれた。

「招き猫の起き上がりこぼしは、伝統の京張子です。
右手を挙げているもの(お金を招く)or左手を挙げているもの(人を招く)です。…」

わたしの招き猫は、人を招くようだ。
何だか先生の分身をいただいてきたようでも、あった。


起き上がりこぼし、って健気だな。